移民百年祭 Site map 移民史 翻訳
岡村淳のオフレコ日記
     西暦2020年の日記  (最終更新日 : 2021/01/01)
10月の日記 総集編 おじさんがゆく

10月の日記 総集編 おじさんがゆく (2020/10/01) 10月1日(木)の記 ブラジル日系ソウルフードへの道
ブラジルにて


サンパウロのわが家の大通りを隔てた至近距離に日系人が営み、食事も提供するらしい店ができた。
奥まった店で、いまひとつ入りにくいつくりだ。
コロナ禍でもあり、鉄柵が閉まっていることもしばしば。

テイクアウトのお弁当も提供しているようだ。
わが家でテレワークの続く家人に、お昼にそこで何か買ってこようかと提案。
じゃあ食べに行こうかということに。
電話をしてみると、店内での食事オッケーとのこと。

行ってみると、ガレージにもならない家の端の細長いスペースを活用しているとわかる。
ひとり飲み用の急須で個々にお茶をサービスしてくれたり、着用してきたマスクを入れておく透明の袋をくれたりという気配りがうれしい。
壁にはスマホチャージ用のスペースも設けられている。

通常のブラジルの飯屋では、飲み物代がバカにならない。
こうしたお茶でさえカネをとられることもしばしばだが、ここはタダだった。

10数種の定食類あり。
カレーとトンカツの組み合わせを頼んでみる。
カツカレーではなく、写真で見るとカレーはドンブリで、カツは別皿。
写真の色からして、カレーには期待はしないでおこう。

ずばりカレー粉の黄色さ、ウドン粉のトロミのカレーだった。
具はニンジンだくさん、牛肉塊少々。
かつての日本の田舎カレーよりもっとイナカっぽい。

そうか、サンパウロ州奥地あたりの日系人の家庭料理風だ。
ないものだらけのなかで工夫して培ってきたカレーな感じ。
日本へ出稼ぎで行って覚えてきたようなニホンカレーとは一線を画している。

いろいろバックグラウンドを聞いてみたい。
が、帰りのレジではテイクアウトを取りに来た日系のおっさんが場所をふさぎ続けている。
せっかく梱包してもらったテイクアウトの袋をまたのろのろと開けて確かめている。
またにするか。

思えば、たとえばペルーでは独自の日系料理が開花していることがトップクラスの食の世界の話題となっている。
ハワイの郷土料理での日系人の影響もよく知られるところ。

さて、海外最大の日系社会などと喧伝されてきたわがブラジルでは…
ないことはないだろうが、「これ」といったものが思い浮かばない…

このことは、もう少し考えてみよう。


10月2日(金)の記 ヒレカツ揚げながら
ブラジルにて


しばらく揚げ物をしていなかった。
全身、下着まで油くさくなるし、健康上の理由ということで。

それぞれの節目、家族からのリクエストとあれば応ぜざるを得ない。
豚肉の然るべき切り身は、肉屋でもあったりなかったり。
いずれにしろ、やや厚みのスライスだ。

冷凍食材店の豚フィレでやってみようか。
そもそも日本でいうヒレカツがフィレのカツのことだと知ったのは、そう古いことではない。
そののち、関西ではヘレカツというのも知った。

日本のトンカツ屋では、ロースカツかヒレカツかのチョイスがふつうだろう。
して、ロースとは具体的にはなにか。

検索してみて驚いた。
ロースとは、roastの転訛の由。
そもそもロースハムとは、第一次大戦で日本の捕虜となったドイツ人のアウグスト氏が西暦1921年に日本人向けに考案したものだという。

日本以外でヒレだロースだといっても、通じないのがふつうということがわかった。

さて、相当量のフィレカツを揚げた。
明日の朝は日本の芸者さんの発案だというカツサンドでも、と思ったが…
残ることなく。

そうか、大根おろしでいただくという方法もあったな。
準備開始から食事終了まで、3時間あまり。
キッチンドリンクもだいぶすすんだ。


10月3日(土)の記 信号開眼
ブラジルにて


昨日は日中摂氏36度近く。
そんななか、よくトンカツを揚げ続けた。

予報通り、今日は10度近く下がる。
ほどよき涼しさ。

昼、隣駅近くまで歩く。
連日つづけてきたグラフィティのスナップ撮り、急におっくうになってきた。
僕以外にはどうでもいい問題である。

所用の後で、回り道。
お。
さっそくめぼしいグラフィティが。
土曜の午後はほどほどに店が閉まっているが、シャッターに掘り出し物あり。
https://www.instagram.com/p/CF5AgZ1gH-K/

さらに回り道をして、目を見張るグラフィティを発見。
これは後日に撮ろう。
まだまだ遠からぬところに逸品があるな。

帰路、電柱や標識、信号機に貼られたステッカー類を見てみる。
これも、あるある。
グラフィティと同じ作者のものもあるようだ。

こうしたステッカー貼りは世界各地で見られ、日本もなかなかのようだ。

先日、紹介した『TOKYO CRASH』の作者が日本の千社札と比較していて言及していたかと…
あったあった、
「その品位は疑わしいが、寺院参拝の記念に残されたステッカーと同じ意味を持つ。自分がそこに確かに存在したことの証し。」


10月4日(日)の記 日曜のイルカ
ブラジルにて


このウエブサイトの開設以前、インターネットの世界から取り残されていた僕に、小説家の星野智幸さんがご自身のウエブサイトのなかではじめてくれた『岡村淳 ブラジルの落書き』シリーズ。
あらたに星野さんにそれぞれの拙稿紹介の言葉をいただけるのは、なんともぜいたくだった。

拙ウエブサイト開設後も、ご厚意に甘えてずるずると移転を遅らせてしまっていた。
コロナ禍の巣ごもりにより、ついに移転を開始した。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000258/index2.cfm?j=1

割付を改め、加筆をしてさらに「再録寸言」を書き下ろし。
フェイスブック等での紹介を考慮して、なにか関連画像を加えることにした。

もうひとつ、これは当初からウエブ上での連載だった『住めばブラジル』のデータも当時の担当が都合してくれた。
交互に加筆してアップしていくことにした。

さて今度は『ブラジルの落書き』、イルカについての続きものである。
うーむ、画像をどうするか。
もう半年近く撮り続けているグラフィティにも、クジラっぽいのは一点あるが、他に海っぽいのもない。

苦し紛れにフェイスブックの写真をくっていくと、すでに覚えていない写真がどんどん出てくる。
あれ、このキレのいい写真は?
拙作『リオ フクシマ』シリーズに登場する前田聡子さんに撮ってもらったものだ。
さすがはプロ、とうならせるものがある。
在新潟のはずの前田さんに写真使用のお願いのメッセージを送る。

さて今度は「再録寸言」の文章が毒々しくなってしまった。
日本のテレビに受けてきた仕打ちに触れると、どうしても…

今回の拙稿はいったん昨日、アップしたが、ひと晩寝かせて今日また再録寸言の部分を書き直す。
この書き直しを受けて、フェイスブックにもリンクを貼るが…。

もう少し書き直そうかな。

http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000258/20201002015590.cfm?j=1&fbclid=IwAR1CRVK__X0OdiKQTLxhS9ZBDNkY9PrCTj9B8ZrkKFaQ2-xAJZbY9gurlAY

続きのイルカの画像はどうしよう。
連載時のイラストを使おうか。
そもそも連載雑誌がどこに埋もれているかわからない…


10月5日(月)の記 旅愁のハンタイ
ブラジルにて


あえて恥をさらそう。
われながら、こんな言葉の意味もきちんと知らなかったかと情けない思いをすることがある。
「旅愁」という言葉。
見てはいないが、有名なアメリカ映画の邦題にもなっている。

漠然と、旅を慕うことば、あるいは「旅情」に近い意味かと思っていた。
ググってみると…
「旅先で感じるもの寂しさ」といった意味ではないか。

今の僕は、ほんらいの意味での「旅愁」を感じる状況へのサウダージを感じているのだ。

今日は月曜恒例の一日断食。
ついつい時差を失念して、気おくれにかまけてのばしのばしになっていた、日本への電話をはたす。
お世話になった、オンライン無縁のひとたちのことをそのままにしていてはいけない。

買いものを兼ねたグラフィティ採集では、ここにきて新たに小さなミュージアム一館ぐらいの掘り出し物を当てる。

汗だくになって帰宅、スマホ写真の整理。
今年2-3月に続いたブラジル国内ミッションの写真。
その時に感じた、旅を恋(こ)う想いが「旅愁」かと思ったのだ。
それにしても、この時に旅を決行しておいてよかった。

いっぽうグラフィティ探しでサンパウロの町を歩いていて…
こんなところがサンパウロの町なかにあるのか、どこぞの田舎町ではないかと思うこともあるのだが。
時局柄、そこいらの人に必要以外で話しかけたり、軽くカフェでも引っ掛けるというわけにもいかず。

生きて旅愁のはずかしめを受けず、か。


10月6日(火)の記 カルナウバの記憶
ブラジルにて


いやはや、このコロナ禍による巣ごもりがなければ一生、気づかないで終わってしまったようなことが少なくない。
今日は、カルナウバを知る。

以前も書いたが、巣ごもり中の読書量がそこそこである。
日本から担いできて積んであった文庫本・新書本が半分以上。
外で読むこともないが、読みやすさや汚れにくさを考えると、カバーが欲しい。
日本の書店の紙カバーを使いまわしていたが、本革製のカバーが格段にいいことがわかってきた。
といっても新書サイズ、文庫サイズがひとつずつあるのみだ。
これらは長年、途中で挫折した本にかけっ放しだった。
特に折れ目部分は劣化の感もある。

皮革用のクリームを塗ろうか。
こうしたグッズでひと苦労するのがブラジル暮らしだ。
日本ならヒャッキンでも行けば適当なものが見つかりそうだ。

ブラジルでは大型靴店をいくつかまわっても、店員は「ない」の一言。
以前、革靴を買った時もせいぜい黒とこげ茶色のクリームがあるぐらいで、それ以外の革靴を買うと「乾いた布で磨いたら」ぐらいの応答だった。

近所の靴修理屋を想い出し、行って聞いてみた。
無色の皮用クリームを「来週、仕入れてこよう」とのこと。
毎週、顔を出して今日、3週目にして晴れて入荷。

成分をみると、まずcarnaúba とある。
語感からして、こちらの先住民の植物名だろう。
調べてみて驚いた。

ポルトガル語のみならず、日本語のウイキペディアのページにもそこそこの記載がある。
カルナウバロウ。
ロウは、蝋だ。

カルナウバは、この辺からポ語と日本語の記載ではズレがあるのだが、ポ語を参照にすると、ブラジル北東部のセアラ、ピアウイ、リオグランデドノルテ州に自生するヤシの一種だ。
これの葉からえられるロウであり、「ロウの女王」と呼ばれるそうだ。
ちょっと、SMチック。
カルナウバ蝋は食品に至るまでさまざまな活用がされているが、ほとんど知られていないという。

ブラジル北東部産のカルナウバロウの輸出先は、アメリカ合衆国と日本で半分を占めるというのも驚きだ。
日本で大量消費されるブラジルは、チキンだけではない。
大量ロウ費。

さて、革製品用に絞ってみると、光沢と防水効果をもたらし、硬さと耐久性を増すとのこと。

さっそくふたつのブックカバーに塗ってみた。
蓋からあふれた分がもったいないので、久しく履いていなかった革靴まで磨いておく。

ふむ。
いい感じ。
芳香があるが、成分記載に香料は見当たらない。
カルナウバ本来の香りか。

皮革そのものに生命感が出てきた。
特に新書サイズの厚手のカバーからは皮革ほんらいの香りが醸し出されてきた感じだ。
なじむ香りだ。

わが人生では本革製品のような高級なものはさして縁がなかったはずだが…
あ。
野球のグローブの匂いだ。
小学生時代。
意外にも少し野球にこったことがある。
亡兄のグローブを譲り受けた。
兄もサウスポーだったな。

ちょっと恥ずかしいお古のグローブに透明のクリームを塗って磨いたっけ。
おそらくあれにもカルナウバ蝋が含まれていたのだろう。
ニオイの記憶が最も残るとは聞いていたが…


10月7日(水)の記 胎児とウイルス
ブラジルにて


胎児よ 胎児よ
なぜ踊る
ウイルスのこころがわかって
おそろしいのか


昨日、皮革用ワックスを塗ったブックカバーが心地よく、読書がすすむ。
『地球村で共存するウイルスと人類』(山内一也著、NHKライブラリー)を読了。

この3月の訪日時、ウイルスについて基本的なことを勉強する本が欲しかった。
巨大ターミナル駅構内のそこそこの大きさの本屋で、ウイルス関連のウリで平積みになっている新書と文庫を一冊ずつ買った。
いずれも、ウイルスについての基本がわからない。
便乗商法に乗せられたか。

ブラジルに戻って埋もれた「積ん読」棚を狸掘りしていて、この本を見つけた。
西暦2006年発行だ。
よくぞ、こんな本を買っておいたものだ。

僕の非科学非論理的なアタマでは、なかなか読みこなしづらかったが。
ブックカバーにカバーしてもらって、中後半を一気に読破。

さらっとした報道ではわかりようもないことをいろいろと知ることができた。
最終章はずばり「ウイルスとともに生きる」。
地球上でのウイルスの歴史は三十億年とのこと。
人類滅亡後も、ウイルスは歩み続けることだろう。
その滅亡が、ウイルスによるものかどうかは別として。

ウイルスがヒトにとってもたいへん重要な役割を果たしているらしいことを知った。
ヒト内在性レトロウイルスというふだんは眠っているウイルスだ。
このウイルスはヒトの母親が妊娠した時だけ目覚めて、胎児を守っている可能性が明らかになってきているという。

聖母マリアに受胎の告知をする天使を想い出す。

そもそもヒト以外の動物との密接にリスクがあることも改めて知った。
グローバル時代のペットブームで、すでに死者も出ていることを知る。
ヒトそのものも排他するようなペット様様の風潮では、いずれ…


10月8日(木)の記 苦沙弥監督
ブラジルにて


久々に一万歩以上、歩く。
家庭の用事と家族サービスで。
スマホ使用でうれしいことは万歩計の機能だ。

相手の希望で日本食ふうのレストランで昼食。
固定テーブルの間隔はゆったりしているし、上部の窓の開けられているテーブルをチョイス。

日本文化圏にいるつもりの人には考えられない料理がいくつか。
鮨カウンターの内側ではたらいているのは、非日系人ばかり。
オーナーは日系人なのか等、質問がいくつかあったがそれどころではなくなった。

そろそろ勘定をして席を立とうかといった段階で。
クシャミが止まらなくなった。
なんといってもコロナ騒ぎの続く時期である。

常備の日本手ぬぐいで顔を覆い、壁側にうつむいて連発。
日本で浴びるような憎悪と敵意の視線は感じないが、先に席を立って店外へ。
おさまった…

すぐに思い出すのが、もう10年以上前だろう、家族でサンパウロのピザ食べ放題の店に行った時。
この時もそろそろ勘定といった時にクシャミが止まらなくなった。
子どもたちが回数を数えていた。

サンパウロの日系文化人の「名士」で、会食のお勘定、ワリカンで、というタイミングに席を外すので知られる人がいる。
僕の場合はいずれも勘定払いから逃げる理由はない。

クシャミ連発の前にメニューを見直していて、そこから埃でも入ったかという家人の説もあり。
あらためて調べてみる。

くしゃみはそもそも、空気を激しく放出して鼻腔の異物を刺激して押し出す役目があるとのこと。
コショウなどの香辛料が原因となることがしばしばのようだ。

うーむ、わが家の食事時ではクシャミ連続の記憶はほとんどない。
ピザ屋と日本食ふう料理屋で共通する香辛料…
思えば、日本での連続クシャミの記憶もない。

サンパウロのレストラン、メニュー…
その前に飲んでいたアルコールか?

今後の事例をみて原因を再検討しよう。


10月9日(金)の記 雷光の朝
ブラジルにて


早朝6時台から雨と雷。
午前中、陽が差したかと思うと午後からまた雨。

久しく休むことのなかった日毎のグラフィティ採集をお休みしようかともチラリと思う。
誰にとがめられることもない。

うーん、買い物もあるし、出るか。
小雨状態と思って傘も持たずに出ると、あなどりがたい雨。
まあ帽子をかぶっているし、そのままいくか。

狙いのものが至近の店にない。
家族サービスで買いたいものもある。
降雨のなか、ひとり歩き続ける。

今日のグラフィティは、これで。
https://www.instagram.com/p/CGIfrnBA3zJ/

ずぶぬれ。
買いものバッグのなかに水が溜まってしまったようだ。
帰路の坂を上っている頃に、雨あがる。

まずは帰ってシャワー。
6000歩弱、歩いてしまった。

カゼは免れたようだ。
お茶、続いてワインをいただいて温める。


10月10日(土)の記 マハ先生
ブラジルにて


ブラジルは三連休の始まり。

ここ数日、読み耽っていた原田マハさん著『リーチ先生』(集英社文庫)を読了。
どこまでが史実なのか気になっていたが、これが小説か!
どっしりとした読み応え。

いまだ完成の見通しの立っていない取材の一環で、陶芸家の濱田庄司について調べたことがある。
濱田とバーナード・リーチ、柳宗悦あたりの関係が今ひとつわかりにくかった。
小説のなかでそれをいきいきとイメージすることができた。

それにしても、原田マハさんはうまい。
僕が作品をそこそこ読み込んだ小説家として、友人知人の星野智幸さんと松井太郎さんを除くと…
亡くなった船戸与一さん、そしてこれから原田マハさんということになろうか。
あまり共通点が見当たらないのが愉快。
原田さんには近現代アートを舞台とした傑作群のほかに、日本の映画ファンを描いた『キネマの神様』、日本のテレビ業界についての『旅屋おかえり』といった秀作もある。

『リーチ先生』も含めて小説のなかにどうしようもなくとことん悪い人、不愉快な人が出てこないのが共通しているかも。
それっぽい人が出てきても、思わぬ展開があるのが常かと。
僕の知る実際のテレビ業界はそんな人がうようよいたが、原田マハワールドではそんなテレビ屋の世界のえげつなさそうな人もいい味を出してくれる。
世界的な巨匠の話であっても、庶民の、社会のなかの弱者の、無名の人の視点と思い、愛が貫かれているのがうれしい。

そんな原田マハさんの世界について、僕はネット上では誰か知人が『キネマの神様』について言及しているのをみた覚えがあるくらい。
僕が会話でその名前を口に出したり、耳で聞いたりした覚えのないのが不思議。


10月11日(日)の記 市民大移動
ブラジルにて


3連休の中日。
朝と午後、2度、車を出す。

報道によると昨日のデータで20万台以上の自動車がサンパウロ市から海岸方面へ下ったという。
バス利用者も少なくないので、ざっと100万人を超える市民が海に向かったわけだ。
レミングか。

もちろん海以外の内陸に向かう人たちも相当数だ。

よって市内の交通量は通常の日曜よりも少なくてありがたい。

ブラジルのコロナ禍の死者数、新感染者数は下り気味で落ち着いている。
連休効果のぶり返しがどうなるか。


10月12日(月)の記 祝日のシャッター
ブラジルにて


今日のブラジルは「護国聖母」アパレシーダの祝日。
聖母は子ども好きとのことで、子どもの日ともされている。
そのあたりのプレゼントの需要を見込んで、昨日今日と店を開けているおもちゃ屋、子供服も扱う洋品店を散見。

気分転換、グラフィティ採集撮影のために午前中の早い時間に出家。
日祝のサイクリングロードが設定されている日だ。
日本の「緑のおばさん」にあたる交通整理のスタッフがかったるそうに旗をさげている。
コガネ持ちそうな、気の利いたチャリを転がす市民たちが三々五々、通っていく。

ほとんどの商店は締まっているため、シャッターに描かれたグラフィティを撮るには格好。
しかしこれは光の加減が難しい。
光は全面にあたれば反射が強すぎ、一部にあたっているとコントラストがきつくて見づらい写真になってしまう。

今日はこれにしておくか。
https://www.instagram.com/p/CGPobS_gZ3h/

気の利いたカフェか公園で一服したいところ。
が、なかなかサンパウロのコロナ禍による営業規制をクリヤしていて、気の利いたカフェというのはむずかしい。
公園もむずかしい。
そもそもわが家の周辺には、見事に公園がないのだ。

広場程度のところは、路上系の人たちのたまり場になっている。
先日、所用のついでに大きな市立公園に立ち寄ろうとしたがコロナ禍による閉鎖が続いていた。

日本ではコロナ禍で公園を閉めたりはしていないのでは?
こういう時こそ、せめて公園ぐらいは開けてほしいところ。
このあたりにも意識の違いがあるようだ。


10月13日(火)の記 マハ熱
ブラジルにて


日本で拙作を上映していただき、上映前後に会場向けにブラジルからオンラインでトークを行なうという計画が一挙に現実味を帯びてきた。
早朝から告知の原稿について主催者とやりとり。
こちらも一気に新たに書き下す。

原田マハさん著の『リーチ先生』を先週末に読み上げて。
手もとに日本から担いできた原田マハさん著の文庫本がまだ3冊もあった。
3冊も。

『夏を喪くす』講談社文庫。
『太陽の棘』文春文庫。
『奇跡の人』双葉文庫。
この順番で読み進めて今日、3冊目の長編『奇跡の人』を読了。
われながらあきれる。
ひとりの小説家のいくつもの作品に一気に読み耽った体験は、他にあったかどうか思い出せない。
この3冊はそれぞれ、ひとりの作家が取り組めるのかと思うほどのヴァリエーションだ。

学生時代の星新一や松本清張に凝った時期を除くと…
小説としては船戸与一さん(そうとは知らずにご本人をビデオで撮影させていただいたことがあり、よりリアルタイムの人ということで「さん」づけ)の作品に次いで原田マハさんを読んでいることを先日も書いた。

およそ共通点は見出しがたいと思っていたが『奇跡の人』のエンディングまで読み進んで、ハタと気づいた。
人として、たいせつなことを命がけで貫くこと。
それは経済的には無意味で無駄なことでもある。

船戸さんの『蝦夷地別件』の主人公は、18世紀のポーランドから、詫びを告げるだけのためにアイヌの首長を再訪することを決意する。
『奇跡の人』の盲目の主人公は20世紀のなかば、ひとこと「ありがとう」を言うためにアメリカから訪日を試みる。

リアルな日本政府の主役たちが醜怪さを増すばかりのため、志ある小説家の描くモラルとの乖離はもう埋めようもないほどだ。

先に原田さんの小説には心底の悪人は出てこないようだと書いたが、これは再考を要するかも。
『太陽の棘』の沖縄の米軍少佐や『奇跡の人』の津軽の名家の長男はどうだろう。
米軍少佐はアルコール依存症なので、いたしかたないか。
津軽の長男の方は書かれた後の世界での改心を読み取れそうだ。

今度、マハさんを読めるのはいつになるかな。


10月14日(水)の記 パボイル米に挑む
ブラジルにて


久々に食の衝撃を受ける。

昨日、ひと駅半ほど北にある食品中心のスーパーに行って。
安売り品のコーナーに箱入りのコメらしいものがある。
ふむ、インディカ種の玄米か。

おっと、イタリア産だと?
リゾット用とある。
値段はふつうの玄米の半額と格安。
賞味期限寸前の故か。

玄米はめんどくさいからな、と思いつつ、値段そしてイタリア産という珍しさから買ってみた。

箱の裏にはスペイン語とポルトガル語で「キノコのリゾット」のレシピがある。
そもそも玄米は通常、ひと晩は水に漬ける用あり。
僕は発芽を促すため、もっと時間をかける。
圧力鍋はないし、玄米だけだと家人が食べにくいので白米に混ぜて炊くのがわたくし式。

だがこのレシピでは玄米を洗えとも水にどれだけの間、漬けておけとも書いていない。
ただの手落ちか?
このコメは PARBOILIZADO されているとポ語で書かれている。
どういうことか検索。
WIKIにあたると、英語ではParboiled rice と称することがわかった。
おや、どうしたことか日本語の対応ページがない。

「パーボイル米」という言葉でようやくいくつかヒットした。
トップのヒットはJICAのページ。
いくつか見てまとめてみると、パーボイル米とはインドをはじめとする南アジアを中心とするコメの加工法だ。
米を籾付きのまま水に漬けて蒸して乾燥する。
保存に優れ、調理は容易になるが、色はやや褐色を帯びるとのこと。

冷蔵庫にブラジルでシメジと呼ばれるヒラタケの一種がある。
今日はさらにポートベロと呼ばれるキノコも買って、合わせてこのコメでリゾットを作ってみよう。
「日本式」に砥いで、水に何時間か漬けておく。
いやはや水を吸うこと吸うこと。

レシピとはだいぶ勝手が違ってきた。
炊くのに用いる水量は、レシピの半分でも多いくらいだ。
いやはやどうなるか。

キノコたっぷり、2合半のパーボイル玄米をなんとかリゾットとして炊き上げる。
ちと柔らかすぎたかな?
家族それぞれからは及第点をもらう。
玄米とは思えないほど柔らかく炊けた。

なんといってもコメは日本のものが世界一で圧倒的にうまい、というのはよく聞くセリフ。
これは日本米に慣れた日本人が日本料理を食べる際、といういくつもの「ただし書き」が必要、と改めて認識。

多くの日本人が知ることもないコメの加工法と調理法があり、それぞれそれにかなった料理とうまさがあるということ。

さあ今度はレシピ通りにパーボイル米を調理してみよう。


10月15日(木)の記 線上にかける橋
ブラジルにて


本業の方の作業は滞る一方…

ここにきて日本から時を同じくして、いくつか。
オンラインでブラジルから話をしてほしいという依頼。

例によって自分から売込むことはないが、いただいたお話はお受けしてみよう。
11月半ばのものは決定となり、すでにフェイスブックやツイッターでの告知も始まった。
このウエブサイトでも告知しないと。
すでに用意した小道具もあり、大道具とトーク内容の構想はこね始めている。

今日は日中にイレギュラーな外出、戻ってから登記所での用事や夕食づくりでそこそこ疲れた。

そもそも夕刻からwi-fiがヘタっている。
家族が調べると、わが家だけではないとのこと。

明日にするか。


10月16日(金)の記 とうさんの夜なべ
ブラジルにて


さる日曜に路上市の魚屋で、バデジョやアバデジョとこちらで呼ばれるねっとりとした白身の魚を買った。
野菜類と煮込み料理などにされる魚だ。

日本ではなにに相当するか…
そもそも当地でこの名前で呼ばれる魚は分類学上、いくつもあるようだ。
それでいて日本と共通しないようで…
大きな分類でいくと、ハタの仲間のようだ。

日曜は塩コショウニンニクで味付け、小麦粉をまぶしてバターで焼いてみたが、イマイチだった。

白菜が残っているし、そもそもサンパウロは冷え込みがぶり返してきた。
鍋にしてみるか。
魚肉の残りが多くはないので、冷凍の豚ヒレ肉をシャブシャブ風に薄切りにする。
凍った肉を続けて切るのはしんどい、と体感。

ブラジル産オキナワドーフ、チクワ類を買い出して。
シャブシャブのように鍋物をタレに漬けて食べるのを好まない家族がいるので、そのままでも食べられる味付けに。
少しだけ残っていた柚塩や柚コショウをようやく使い終えたぞ。

そこそこ好評、ありがたし。


10月17日(土)の記 冬虫夏草と命名
ブラジルにて


わが家から60キロ以上離れた近郊まで車で出かけることになる。
日課のグラフィティのスナップ撮りは出先でトライしよう。
それが楽しみでもある。

街道沿いにはあちこちにグラフィティが見られる。
しかし混雑しているローカル車線までわざわざ入るのははばかれる。
目的地付近で探そう。

街道から脇道へ。
制限速度40キロの道路。
久しぶりに牧野や山並みの道を行く。
うーむ、このあたりまでくるとグラフィティはない。
どころか、グラフィティを描くべき壁もない。

目的地でこんなものが目についた。
https://www.instagram.com/p/CGdTpFMgR6-/
フォルクスワーゲンのビートルの廃車だ。
まずはスナップ撮り。

これはグラフィティではないが…
ストリートではないのでストリートアートでもない。
フィールドアートか。
インスタレーションでもあるな。

日課のインスタグラムへのグラフィティのスナップ写真のアップに加えてみようか。
僕のこだわり以外に、誰も困る人はいないだろう。
無理してしょぼいグラフィティを探すこともないだろう。

自分なりの理屈やキャプションを考える。
「ビートル、大地に根付く」か。
うむ、いわば冬虫夏草だ。
ちなみに冬虫夏草とは、あえてなにも参照しないで定義づけると…
特定の昆虫などの死骸にそだつキノコ類のこと、といったところかな。
東洋では薬用効果から珍重されている。

振り返るに、サンパウロ市内でも廃車に植物を「いけた」オブジェを見つけてスナップ撮りしたことがある。
今日のは珍虫の王、ツノゼミをほうふつさせるフォルムでもある。

そもそも壁がなければ成立の難しいグラフィティは都市の文化であることに気づく。
田舎では、そんな制約に拘泥されないアート表現があるのだな。
グラフィティにこだわっていた自分自身が窮屈に思える。

少し仕切り直すか。


10月18日(日)の記 調合暗記
ブラジルにて


先日、地域では人気らしい海産物のレストランに行った。
ビュフェコースを選択。
自分で好きなものを取るのだが、その際はコロナ対策でマスクの着用とビニールの手袋使用が必須。

マキズシ系のものもある。
モチ状にべっちょりしたシャリ。
どうしたらこんなにひどいスシ飯ができるのだろう。
・研いだ後に一定時間、浸水させる
・炊きあがり後、蒸らす
こうしたプロセスを省いているせいか。
味見程度でやめておく。

今日は路上市で刺身用の魚を2種、購入。
夜は海鮮チラシ丼にするか。

コロナ禍以降、数週間に一度はスシ飯をこさえるようになった。
ブラジルでもスシ飯用合わせ酢が売られているが、これはスシモドキ用といったところで、さすがに使えない。
日本から「すしのこ」系も買ってあるが、これは手軽なものの安いものでもない。
家人がスシ飯をつくる時用にキープしておく。

長年、スシ飯をこさえるごとに奥に置いた日本の料理本をひっぱりだして米酢、砂糖、塩の分量をおさらいしていた。
米の浸水の際、昆布も浸しておくとよいともされる。
僕は土鍋で飯を炊くので、昆布を使うと炊いた米が底に貼りついてしまう。
よって昆布は省略。

さて頻度のおかげで、米3合分の調味料の分量はようやく覚え込んだ、気がする。
まあ、オッケーだった感じ。

調味料のコストはわずかである。
これだけでごちそう感があるのは世代的なものもあるのかな。


10月19日(月)の記 スマホ鳥の巣立ち
ブラジルにて


スマホで撮っていた写真の整理、ようやく今年3月の部にたどり着いた。
被写体の方に送りそびれていたものなどは、お詫びのメッセージとともに電送。

いま見直してちょいと面白いと思う写真もある。
そういったのは、こちらの生存報告も兼ねてフェイスブックやツイッターにあげてみる。
クラウドでパソコンに送られた際には消去してしまったような写真をあらためてスマホでチェックして、断捨離できずにキープしつつSNSにあげてみると、意外な好評をいただいたりするからわからない。
しかも思わぬ指摘を書き込んでもらったりして勉強になることもしばしば。

今日は今年、世田谷で遭遇した鉄檻に収まった稲荷社の狐の石像、そして京都のカライモブックスさんの店先の路上に描かれた図像の写真あたりをフェイスブックなどにあげてみた。
いずれも、意外な好評と鋭い指摘をいただく。
面白いことにこうしたネタはツイッターの方ではあまりリアクションがない。

フェイスブックでは時折りトンチンカンな質問や書き込みがあるのが面倒なのだが。

もともと世間も自分も見逃しがち、無視したりおとしめたり排他したりしがちなものに向き合ってダイナミックな価値を見出そうというのを自分のミッションと考えている、つもり。
まあ、いずれにしても経済的な価値を生み出すことはむずかしいけれども。

さあ動画の作業が山積みだぞ。


10月20日(火)の記 丑三つ時の至急要請
ブラジルにて


身心によくないとわかりつつ…
深夜に目覚めた時、スマホを開けてしまう。

日本の政権がひっくり返されてくれていないか。
列島のどこかで大地震が起きていないか。

日本からのメールあり。
今後のオンラインでのイベントを計画してくれているところから。
至急の返答が欲しい由。
先方とは「距離感」があり、その「至急」の時間的スパンがわからない。
こちらの夜が明けてからでもいいのか。
それとも一刻を争うのか。

そんなことを考えると眠れなくなる。
思い切って起床、ノートパソコンをつなぐ。
アタマの回路が全開ではないので、トンチンカンな返答をしないよう留意しないと。

1980年代後半から90年代初めのころ。
ブラジル移住当初で、まだ日本のテレビ業界と深くかかわっていた。
こちらの深夜の2時、3時。
けたたましく電話が鳴る。

突然の身内の急病や事故、訃報もある。
おっかなびっくり受話器を取ると…
「いま、そっち、何時ですか?」
よくも知らない日本のテレビ屋からのとぼけた電話。

あいかわらず、いやまして日本のテレビ業界がヒドいというニュースはこちらでも伝え聞いている。
先日、僕に問い合わせをしてきた、最近、日本のテレビ業界に入ったという若い人も、僕あたりにはお手上げのレベルだった。
いやはや。

至急にメール送信後、少し仮眠をしてから、早朝出勤の家族のための朝食をこさえる。


10月21日(水)の記 路上のレベル
ブラジルにて


水曜恒例となったオルガニック野菜の露店市に行く。
例によってグラフィティ採集も兼ねて。
同じ道でも逆に通ると見えてくるものがけっこう違う。

この市の近くに袋小路の暗渠べりに描かれたグラフィティの殿堂があるのだが…
入り口部分に路上生活者のテント村が築かれて、その前を通るのもはばかれる状態になってしまった。

そのもっと手前の脇道にも気になるグラフィティがあった。
日照が悪いところだが、今日は薄曇りだ。
クルマ一台通るのがやっとの小径で、一方通行にしていないので長くは立ち止まっていられない場所。

そこの壁にヒトの脳の絵がふたつ描かれているのだ。
https://www.instagram.com/p/CGm4LJgnYzA/
その間に文字が書き込まれている。
さて。
どうやら、サラマーゴの言葉らしい。
ジョゼ・サラマーゴ。
ポルトガル人の作家。
ポルトガル語圏で初めてノーベル文学賞を受賞している。

帰宅後、調べてみた。
「神や悪魔、善悪はすべてわれわれの頭のなかにある。」というサラマーゴの言葉が書かれていたのだとわかる。
なぜか「神」と「悪魔」の部分が消されている。
いずれにしろ、そのヴォルテージの高さに驚いた。

たとえば、日本の路地裏のグラフィティに、中国人や韓国人の世界的に知られる知識人の言葉とそれをイメージする絵が描かれていることを想像できるだろうか?


10月22日(木)の記 サラマーゴと黒カビ
ブラジルにて


いやはや奇遇なことがあるものである。
そして、持つべきものは友。

昨日のインスタグラムでポルトガルの作家ジョゼ・サラマーゴの言葉が添えられたグラフィティを紹介した。
https://www.instagram.com/p/CGm4LJgnYzA/

すると、なんと。
ブラジルでB-side( http://www.brasilforum.com/index.html )というニュース・データ提供サイトを運営する畏友の美代賢志さんが同日のコラムでサラマーゴの言葉を紹介していたのだ。
さすがにグラフィティの言葉とは別のものだったけど。

美代さんにメッセージを送ると、なんと彼自身、サンパウロのグラフィティについて相当の蘊蓄があり、いろいろな知見をご教示いただいた。
美代さんの指摘のひとつが、グラフィティの帯びる「湿気」である。

美代さんのいう湿気の語は多重の意味を持つが、字義どおりの湿気の点でも興味深い。
わが家の周辺でグラフィティが集中する場所は暗渠の近く:ファヴェーラ(スラム)の近くが多いが、その場所柄、ずばり湿気が高いのだ。

また少なからぬグラフィティが、先のサラマーゴのものもそうだが、黒ずんでいる。
かつて植物学者の橋本梧郎先生とギアナ高地のテーブルマウンテンを踏査した時のこと。
地表は一面、ぬるぬるとして滑りやすく、橋本先生は藍藻(らんそう)が覆っているせいだと指摘した。

グラフィティを黒ずませるものも藍藻だろうと思い込んでいた。
調べてみると、陸上の藍藻は壁などには繁茂しないようだ。
すると、コケか。
田中美穂さんの『ときめくコケ図鑑』を開いてみる。
おっと、コケなら葉緑素を持つはずだ。

となると、カビか。
黒カビだな。
いわゆるクロカビも、検索してみるとなまやさしいものではない。
Cladosporium属のものか。

グラフィティをスナップ撮りするとなると、日当たりが気になってくる。
太陽の出ているうちは陽に当たっているものの方が美しい。
ところが終日、陽の差さない場所もあり、そうした場所はクロカビのお出ましになるという傾向が読めてきた。

クロカビの存在はグラフィティの経年変化だけではなく、日照の有無も語っているといえそうだ。

グラフィティはまさしく博物学的に面白い。


10月23日(金)の記 発酵と腐敗のはざまで
ブラジルにて


午前中に2度、買い物に出ることになった。
重いものを担いできて、疲れた。

昼はビーフンの残りをカレー味で、と考えていたが。
食べるのは僕だけのようで、めんどくさくなってきた。
冷や飯もあるし、お茶漬けにするか。

冷蔵庫の奥深くに…
放置状態の高菜漬けがあった。

今回のパンデミックが始まってから。
路上市で TAKANA と書かれた野菜を見つけた。
サンパウロ市近郊の日系農家がつくったものだろう。
思い切って買ってみた。
売り子は非日系のあんちゃんで、野菜の由来やウンチクは不明。

ネットで高菜漬けのハウトゥーを調べるが、なかなかめんどくさい。
水洗いして一枚一枚広げて一日は乾燥させること。
一枚一枚に塩を塗り込んで、ジッパー袋などに入れる。
待つこと一週間、さらに…
といった具合だ。

ジッパー袋入れまでやって、放置してしまった。
高菜漬けは乳酸発酵だが、どうやら度を越している。
家人が発見したら、大騒ぎをされてジッパー袋ごと廃棄されるだろう臭気と液体漏れ。
そもそも日本の高漬けもそこそこの臭気があり、唐辛子に油いためで諸々をカムフラージュしている感がある。

二つのジッパー袋のうち、ひとつを開封。
何度も水洗いしてドロドロになった部分を除き…
ひどい不快臭の部分は除去できたようだ。
ついで、刻んでラー油でいためて、ブラジル産の醤油とサケを注いで…
さらにスリごまで味とニオイをカムフラージュ。

さあお茶漬けと一緒にいただく。
うむ、悪くはないが…
悪い方のことを考えると、なんだかムカついてくる。

おかげさまで終日、戻すことも下すこともなく。
のこりをカムフラージュして冷蔵庫に収納。


10月24日(土)の記 ブラジル女の笑い
ブラジルにて


今日はメトロとバスを使用。

メトロで数人組の女性が乗り込んできた。
もちろんマスク着用だが、よくしゃべりよく笑うこと。

日本のかつての山の手の奥様の「オホホ」笑いと真逆のベクトル。
日本語で表記すると「ギャハハハ」である。

コロナウイルスの感染対策のためのヒトの発声時の飛沫拡散の研究によると…
パピプペポ音の発語やカラオケを大声で歌うなどが大量の唾液の飛沫を拡散させるという。
笑いについても調べてほしいものだ。

そもそもオホホ笑いをするようなクラスの人は、笑う時に口元を手で覆うような文化も兼ねそろえていたかと。
ブラジルが世界第二位のコロナ大国に上り詰めた原因のひとつに、このギャハハ大笑いがあるかもしれない。

飛行機の国際線でもブラジル人がどどっと乗ってくると、機内が俄然と騒がしくなってくる。

笑うことが身心によろしいという研究は知られるが、感染症においてはどんなものだろうか。
笑ってる場合かどうか。


10月25日(日)の記 清張の重箱
ブラジルにて


未読の本を収納している箱に、黒い布カバーのかかった文庫本があった。
松本清張の『神々の乱心』の上巻だ。
カバーはずばり、福岡の「松本清張記念館」で買ったもので、よくフィットしている。
カバーはなぜか表紙側のうえに紐のしおりが2本あり、これがけっこううっとうしいけど。

この本はカバーとともに清張記念館で買った。
上巻の半分ぐらいまで読んだが、粗いストーリー展開にげんなりもして、そのままになっていた。
書籍はあまたあるが、小説類は少ない。
このカバーの再利用もしたく、また初めから読んでみる。

設定は西暦1933年。
満州問題で大日本帝国が国際連盟を脱退する年だ。
埼玉の農村にある新興宗教らしき組織を訪ねた宮内省の女官を特高警察が拘束したことから、物語ははじまる。

「昭和七年発行」と注釈も書かれた「模範新大東京全地図」をもとに登場人物の乗る省線電車の停留所名が逐一あげられていたり、やはり登場人物が訪ねる日比谷松本楼の献立表が1ページ使って掲げられていたりする。

いっぽう、奈良県の大和上市駅のタクシーの運転手が「青いズボンの下も白のスラックスやったで」といった発言をしている。
1933年に奈良の吉野のタクシーの運転手がスラックスという語を用いただろうか。
そもそもズボンとスラックスの違いは?
ざっと検索すると「スラックス」はアメリカ英語とのこと、日本でこの語がいつ頃から使われてきたかは定かではない。

あと、ひとつだけ。
登場人物が群馬県の下仁田村を訪ねて、付近に一軒だけあるという鉱泉旅館に泊まる。
コンニャク料理が名物で、「コンニャク・サラダ」も出たとある。
サラダというものが日本で一般的になるのは、第2次大戦敗戦後である。

松本清張は複数の優れたリサーチャーを使っていたことが知られている。
超売れっ子作家として、出版社も選りすぐりの編集者を担当にしたことだろう。

それでいて、この程度の時代考証もかなわなかったのか。
いずれもスケジュール的に忙しすぎたのか、あるいは巨匠の書いたものへの忖度か。

そもそも僕は「『砂の器』展」を見る目的で福岡の松本清張記念館を訪ねている。
ところが、この作品のキーワードといえる「ハンセン病」については一言も言及されている気配はなかった。
すでにこうした文学館でも「事なかれ」と「忖度」を旨としはじめていたようだ。
清張ファンは怒らないのだろうか。


10月26日(月)の記 2020年ブラジル春の再挑戦
ブラジルにて


さあ、さすがにちびちびと追い込まれてきた。
動画の作業の用あり。
はじめてといっていい試みだ。

そのための作業容量づくり…
動画いじり、編集は久しぶりだ。
イレギュラーな作業で、試行錯誤しつつ。

そもそも今日は一日断食をして、午後は運転もあり。
幹線道路の工事もあり、なかなかの渋滞であった。

日本の知人にもらった八重桜の花弁の塩漬け。
これに湯を注いでいただくのが、断食時のごちそうだ。


10月27日(月)の記 人生の圧縮
ブラジルにて


昨日からの動画の作業。
日本に動画を送る必要が生じたためだ。
その前にまず、プライベートの10分足らずにまとめた動画で電送を試してみる。
なんとアップロードに13時間ばかりかかるではないか。
そのデータのダウンロードにも何時間もかかった。

試行錯誤を繰り返して、いよいよ日本に送るべき素材をまずパソコンに取り込んで修正編集チェック。
このデータをファイルにおとすのがうまくいかない。
これまで日本のシンパからいただいたアドバイスを参照したり、今回の受け取り側とやりとりしながらトライアンドエラー…

いわゆる圧縮をしないと、パソコンの空き容量が50ギガあっても足りないことがわかった。
そもそもいままで自分の動画を圧縮した経験が、おそらくない。
自分が生身で上映現場に行って手焼きしたDVDの上映を続けるのが主だったから、必要がなかったのだ。
コロナ禍でブラジルと日本の航空郵便が中断されるまでは、必要あらばDVDを郵送していたし。

して、電送データのダウンロードに何時間もかかるようでは先方にも迷惑がかかるというもの。
少しでもクオリティのいい映像をと考えて、よくも知らない画像の圧縮に抵抗があった。

圧縮の理屈の「○○でもわかる」ぐらいのをネットでにわか勉強。
今回の失敗、試行錯誤の体験があるからようやく少しは理解ができる。
そうか、そもそも圧縮しないと膨大なデータ量になってしまうのだな。
この圧縮もいろいろな形式があり、せっかくファイルにおとしても映像と音声がばらばらになったり、画質が異常だったり、そもそも開かなかったり…

とにかく試行錯誤を繰り返して、トンネルの向こうに微光が見えた感じ。
思えば世の中のデジタル化とともに、何度もこのようなアラ波をくぐってきたな。


10月28日(火)の記 欧州の応酬
ブラジルにて


フランスに暮らす親類が来週、ブラジルに来る予定だった。
ところがコロナ感染者の新たな急増により、フランスは29日からロックダウンとの報。
さあどうなるか。

イタリア、フランスなどヨーロッパで新たに記録的なコロナ感染者、死者数がニュースで伝わってくる。
人口比から換算すると、イタリアは現在のブラジルの減少傾向の一日あたりの死者数をはるかに超えている。
フランスに至ってはコロナ禍最盛期のブラジルの一日あたりの死者数を超える計算だ。

祖国日本はあまり騒いでいないようだが、断片的なニュースを合わせてみてみると、よくない傾向に進んでいると思わざるを得ない。

さてブラジルは日毎の総死者数では5月初めの数字まで下がってきたが、新感染者数はまた増加してきている。
もうわけがわからないが、気を抜かず慎重にするに越したことはない。

ブラジルの地方からうれしい知らせが届き、すぐにでもお祝いお見舞いに行きたいところ。
ところが不要不急の輩が訪ねて行ってサンパウロからCOVIDを持参してしまうかもしれない。
待つ人は、齢90を超えている。
不義理と思われようが、ここはこらえよう。


10月29日(木)の記 盆暮れ禁産
ブラジルにて


ボンクレキン酸。
中国で発酵麺を食べた人たちが、この菌の中毒で亡くなったというニュースをフェイスブックで知る。
菌名からして、虚構新聞かと思った。

調べてみると、ほんとうのようだ。
ボンクレキンは bongkrek という言葉に由来すると知る。
インドネシアの発酵食品テンペにココナッツを使用したものがあり、これをテンペ・ボンクレッと呼ぶそうだ。

ボンクレキン酸は発酵させたココナッツやトウモロコシなどで生産される呼吸毒とのこと。
中国の発酵麺はトウモロコシ製だったそうだ。

発酵食品でハラをくだすどころか、呼吸麻痺で死亡というのは考えただけで息苦しくなる。
もっともこうして外電のニュースになるくらいだから、めったにない事例なのだろうけど。


10月30日(金)の記 おじさんがゆく
ブラジルにて


午後、外出から戻って。
いっぷくして。
スマホを開ける。

「ブラジルのおじさん」と慕っていた人の訃報。

きょう亡くなり、明日午前10時に埋葬の由。
まずはポルトガル語でおくやみのメッセージを返す。

「岡村さん、あんた、来んでいいよ」
という声が聞こえてくる思い。

通常は長距離バスで24時間はかかる。
フライトを調べると…
ヴィラコポスというサンパウロ州の地方都市からの深夜便なら間に合うようだ。
そこまでたどり着くには…

本人が生きていれば、あるいは意向であれば多少の無理は問題ない。
いま、僕が1500キロほど離れた向こうにうかがう際にサンパウロからウイルスを持参してしまうかもしれない。
あるいは帰路と道中でサンパウロのわが家にウイルスを土産にしてしまうかもしれない。

とっておきのお線香をくべ、わずかに覚えた祈りの言葉を唱える。


10月31日(土)の記 10月のバラ
ブラジルにて


ここは昼間だけのレストランだったかな。
「貸します」の表示が出されて、赤く塗られたシャッターにグラフィティが描かれた。
https://www.instagram.com/p/CHAmDu4ncpA/
よく見ると、右側にポルトガル語で「10月のバラ!」と書かれている。
家人に聞くと10月は乳がん月間とのこと。

メトロの駅にも乳がん月間を伝えるオブジェが展示されていた。
ざっと検索してみると日本以外、特にヨーロッパで10月に乳がん啓発が行われているようだ。

さてこのグラフィティ。
シャッターに描かれたものは日照時に日陰になったり、一部だけ日が差していると写真うつりが厳しい。
きちんと日の当たる時間に、と何度か出向いてみる。
そもそもここは向かいのビルがじゃまして、日中ずっと日が当たらないようだ。

折しも雨天が続き、10月も今日までということで、今日のスナップに収めた。






  


前のページへ / 上へ / 次のページへ

岡村淳 :  
E-mail: Click here
© Copyright 2021 岡村淳. All rights reserved.