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岡村淳のオフレコ日記
     岡村淳/ブラジルの落書き  (最終更新日 : 2020/07/02)
和風インディー・ジョーンズを探して [画像を表示]

和風インディー・ジョーンズを探して (2020/06/22)                         再録寸言:
岡村イタコアチアラ.jpg
アマゾン川本流沿いに現われた人面画遺跡にて。
岡村の右の岩盤に四角い人面が刻まれている。
この遺跡はふだんは水中にあり、干ばつのときに出現する。
西暦2005年撮影。
日本では「日進月歩」とまで言われる考古学のネタで、四半世紀近く前に書いたものが読むに耐えるか、ちょっと不安がありました。
読み返してみて、僕には特に問題がないのが不思議なぐらいです。
この拙文発表の4年後、日本では「旧石器捏造事件」という世界のヒンシュクとお笑いを買った深刻な事件が新聞社によって暴露されました。
いんちき発掘に無批判どころか、それに油を注いでいた考古学者たちのベストセラーが絶版、回収という事態まで生じたことは覚えておいてもいいでしょう。
そして僕は考古学徒時代の学兄、故・古城泰さんの追悼としてブラジルから日本、フィリピン、カンボジアを訪ねて『KOJO ある考古学者の死と生』
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000044/20060701001978.cfm?j=1
という3時間半余りのドキュメンタリーをまとめました。
僕の考古学への想いは、この作品のなかに奉納したつもりです。
学問そのものからはドロップアウトしましたが、考古学でつちかったものの見方は、コロナ禍のサンパウロでの路上のグラフィティ観察などに活かせていると思います。
ネタは尽きませんが、まずは身辺整理中に出てきたブラジルの考古学関係の書籍の処分に頭を痛めています…(西暦2020年6月22日、記す)


「ブラジルの古代遺跡」と聞いて皆さんは何を思い浮かべますか?
マチュピチュやナスカはペルーだし、はてブラジルに何かあったっけな?という方が多いことでしょう。
アマゾン河口のマラジョー島の土器やピアウイ州の岩面画遺跡を思い起こす人は、なかなかのブラジル通です。
ブラジルに移住してまじめにエンシャーダ(クワ)を引いたことのある人なら、耕地から石斧や土器片を見つけた経験をお持ちかもしれません。
世界遺跡地図などを見ると、ブラジルのあたりはほとんど空白になっています。かといってブラジルに目ぼしい遺跡がないということにはなりません。
有名なペルーのマチュピチュ遺跡が発見されたのは、20世紀になってからのことです。広大なブラジルには数多くの遺跡が未だ埋もれていることでしょう。
すでに一部の専門家に知られているブラジルの遺跡や遺物には、実にユニークで貴重なものが多くみられるのです。
かくいう私は、ドキュメンタリー屋を始める以前はズバリ考古学徒だったのです。考古学アガリというより、考古学クズレといったところでしょうか。
日本での学生時代、受験勉強の延長のような刺激のないキャンパスに背を向けて、全国各地の遺跡発掘現場を渡り歩いていました。
日本列島では「縄文文化」と呼ばれる世界に誇るべき高度の文化が、1万年以上前から2千年ほど前まで続いていました。私はその縄文文化の痕跡を、現代の日本文化に探ろうというオドロオドロしい狙いから、各地の遺跡や山村を行脚していたのです。
ブラジルの新聞やテレビのニュースを国内の考古学の発見が占めることはめったにありませんが、日本では新聞のトップを飾ることもしばしばです。
しかし日本でも考古学そのものに対する認識は決して高いとは言えません。私もブラジルに移住した身ながら、そんな祖国にあきれることがあります。
考古学とは、過去の人類が残した遺跡や遺物を通して、文化や社会などを研究する学問です。
ところが最近の日本映画でも、考古学者という設定の人物が出てきて、南島で恐竜の化石の発掘をしていたりするのです。恐竜などの地質時代の生物の研究は「古生物学」であり、考古学とは対象はもとより、扱う年代もケタがいくつも違ってきます。作者の不勉強と手抜きもあらわな、視聴者をバカにした設定のドラマがまかり通っています。
人気テレビドラマで、若き日本人考古学者が東南アジアの古代の神殿で財宝を探す、というのがありました。有名な映画「インディー・ジョーンズ」シリーズを極めて安手にまねた設定で、正視に耐えませんでした。
財宝やら埋蔵金やらを探すのは、ヤマ師のやることです。実際に現代の考古学者が発掘するものは、ほとんど今日の経済的価値とは無縁のものばかりです。古代人のゴミ捨て場や墓場などが調査の対象で、悪く言えば古代人のゴミあさりや墓あばきをしているのです。
遺跡から発見される古代の人糞を専門に研究するジャンルもあります。私の知人は古代の人糞と犬のフンとの識別に悩み、そのため現代の人と犬の糞の相違まで研究することになりました。
私の大学はエジプト考古学が有名で、マスコミの脚光も浴びていましたが、私はそうした華々しいのは避け、ひたすら日本の地味な遺跡を掘り続けました。テント生活での遺跡調査、瀬戸内海の無人島の発掘など、いろいろ変わった体験もしたものです。
とりわけユニークな発掘の体験を披露しましょう。
私は故人となった俳優・石原裕次郎さんのお宅を発掘したのです。
といっても、裕次郎さんのお宅が土砂崩れで埋もれてしまったわけではなく、ましてや裕次郎さんのお墓をあばいたわけでもありません。
世田谷の成城にあった裕次郎さんの豪邸の敷地内に、地下式の駐車場を作ることになりました。この敷地が上神明(かみのしんめい)遺跡という古代の遺跡の範囲に含まれるため、工事の前に発掘調査をすることになったのです。
成城は西方に多摩川を望む高台にあり、付近には今日でも涌き水が流れ、ホタルの生息地があるほどで、かつての武蔵野の面影を伝えています。現在は著名人の住まいが多く、発掘現場の生き帰りにミステリーの大御所・横溝正史さんとすれ違ったり、ノーベル賞作家の大江健三郎さんを見かけたり、というような土地柄でした。
この一帯は古来から人類にとって格好の居住地だったようで、数万年前にさかのぼる旧石器時代に始まり、縄文時代、弥生時代、古墳時代などの遺跡が複合して埋もれています。「成城は今も昔も一等地」などと見学者によく説明したものでした。
裕次郎さん、そして同じ石原プロダクションの渡哲也さんもそれぞれ当時、有名な日本酒のCMに出演されていたため、お流れで我が遺跡調査団には大量の日本酒の差入れがありました。スコップは持たなくても一升瓶は離さない考古学徒どもがネを上げるほどの量の差入れでした。裕次郎さん自身も時々、発掘現場に顔を出して、私たち泥まみれでうだつの上がらない考古学徒に気さくに声をかけてくれました。
石原プロでもボスの自宅での発掘調査を記録しておこうということになり、映画の撮影スタッフが現場に訪れたことがあります。実は私、考古学徒以前の高校時代は年に300本以上の映画を鑑賞していた映画マニアでした。日本映画界を担う著名なカメラマンたちを目前にして、縄文文化もヘッタクレもなく興奮してしまったものです。
さて、あの裕チャン宅での古代遺跡の発掘とあっては、飢えたピラニアのごとくネタをあさる女性週刊誌やテレビのワイドショーの連中が見逃すはずはありません。
多い時には一日に3局のテレビ取材がかち合い、発掘現場にテレビ屋がひしめき合う始末でした。「これは古墳時代の住居跡で……」と説明したのが、「裕次郎宅で古墳発見!」という見出しになるような世界です。
考古学徒というのは酒グセは悪くても、テレビ屋ごときから比べたら実に純朴なものです。テレビカメラやマイクなどを向けられるとコチコチに硬直してしまい、言動もトンチンカンになって取材班のリクエストに満足に応じられない始末です。
そんななか、元・映画少年の私は各局のカメラアングルを読み込んで、期待される熱心な考古学徒としてふるまい、調査団のイメージアップを計るというサービスに努めました。
現場の取材ラッシュも一段落して、私は久しぶりに大学の研究室に顔を出しました。研究室では調査データのまとめ作業の追いこみ中とのことでした。するといきなり先輩のお叱りをくらいました。
「オカムラおまえ、マジメに発掘しねえでカメラの前ばかりうろつきやがって。どのチャンネルにもしつこくテメエが出てきたぞ!」
研究室で追い込み作業中に、各局のワイドショーの「裕次郎宅で古墳発見!」のリポートを隈なくチェックしている方も相当スノッブというものでしょう。
その後、縄文文化研究の学徒は、カメラの後ろに回るTVドキュメンタリーのディレクターとなりました。そしてブラジルに移住して、一人でビデオカメラをぶら下げてドキュメンタリーを作ることを天職としています。
ドキュメンタリー作りと並行してブラジルの考古学に関わり、日本の学術雑誌に論文を発表したこともあります。
日本の考古学者の総数は、およそ3000人といわれています。いっぽうブラジルでは100人程度に過ぎません。日本の23倍の国土があって、これだけなのです。
ブラジル人による考古学の歴史は若いですが、それだけに重箱の隅をほじくるような日本の研究に比べて、草創期のダイナミズムにあふれています。
広大なブラジル、いつどこで何が発見されても不思議ではありません。
ブラジルでは古代文明による巨大な遺跡は発見されていません。そもそも巨大な遺跡というものは、巨大な権力があってこそ存在するものです。私が関わってきたブラジルの古代遺跡は、こうした権力の所産ではなく、古代人の人としてのぬくもりが感じられるものばかりです。
古来からブラジルの大地に生きた人々は、巨大な権力を必要とせずに、自然と調和したエコロジカルな生活をしてきた、ということができるかもしれません。 過度の開発と環境破壊が進む今日、こうしたブラジルの先人から学ぶことが数多くありそうです。
日本でたしなんだ縄文文化研究、ブラジルに移住してからもあながち無駄ではありませんでした。
そしてブラジルで知り合った若き考古学徒たちから、いつどんな発見の報告があるか、ブラジル暮らしはなかなか退屈させてくれません。
(初出『オーパ』No.148、西暦1996年に西暦2020年6月加筆)


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