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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2021年の日記  (最終更新日 : 2022/01/02)
6月の日記 総集編 背中が見えた

6月の日記 総集編 背中が見えた (2021/06/02) 6月1日(火)の記 ポンタグロッサのプリンセス
ブラジルにて


お、かなりの霧だ。
ホテルで朝食後、ひたすらサンパウロに向けて走る予定。

今日のグラフィティ採集をどうするか。
道中には、ないに等しいことが行きにわかった。

サンパウロ以外のほとんど知らない町でグラフィティを探すのは今回が初めて。
この町ではピシャソンすらほとんど見当たらない。
サンパウロの方が異常なのかも。

ホテルから1キロ以上、初日に見つけたポイントまで霧のなかを歩く。
彼女にもう一度、会いたい。

https://www.instagram.com/p/CPl_cMdjQZv/
一年以上、グラフィティ行脚をしてきた。
こころに残る女性像としては、いちばんかも。


6月2日(水)の記 匿された背表紙
ブラジルにて


長時間運転の疲れが残る。
午前中、木工所に書棚用パーツの受け取りに。

今度ので、少しは目鼻がつくかと思いきや…
焼け石に水…、とまでは言わないまでも、まだまだ…

どうしよう、本が多すぎる。
それでも少しは蔵書の背表紙が可視状態となって、なにとはなしにそれをながめることができるのはよろしい。

まだまだ背表紙どころか、手前の本に隠れて手の届かない本も少なくない。
これは処分しちゃおうかと思う本もあるが、こちらでは一度手放したら後がないと考えないと。
書きものやトークなどで、いつまた入り用となるかもしれないし。

呆然。


6月3日(木)の記 小豆相場
ブラジルにて


今日のブラジルは聖体の祝日というカトリックに由来する休日。
そうか、もう一年か。
昨年はこの日のミサをテレビで受信した覚えがある。

散らかるに任せていた資料ケースをいくつか開けてみて、掘り出しものもあり。
日本の亡母がとっておいた新聞の付録のレシピ小冊子などもある。
ほう、豆料理。
小豆のピリ辛炒めか。
別の冊子には、小豆のモヤシはナマで食べられるとある。

だいぶ時間を経た小豆のストックがあった。
これを昨晩から水に漬けておいた。
ふつう、小豆は水に漬けないようだが、モヤシとなると別。

うち半分ほどをピリ辛エスニック風というのにしてみる。
オリジナルのレシピは、レンコンと豚ひき肉で、とある。
ズッキーニとソーセージでやってみよう。

そもそもこの小豆、なかなか煮えてくれない。
「これ、なに料理?」
とわが子に聞かれる。
エスニックというより無国籍料理だな。
まずくはなかったけど。

さて、小豆モヤシ。
発根発芽までまだだいぶ時間がかかりそうだ。
モヤシについて検索すると、祖国での現代モヤシ史だけでもなかなかの面白さだ。
もともと大豆モヤシが主だったのが日中戦争で輸入が途絶えて。
アメリカでシネドライブが交流した時期ではないか。


6月4日(金)の記 虫の日のBocydium
ブラジルにて


さて、日付は…6月4日、ムシの日ではないか!
なんなんだ、この符合は!?

サンパウロ市ではインフルエンザの予防注射も実施中。
対COVID-19の第一回目の注射から2週間以上、経ったし。
毒食わば皿まで。

ネットで調べると身分証明証のほかに、
・ワクチン手帳
・保健局登録カード
を持参のこと、とある。
あとのふたつは、ないぞ。
ええい、ままよと最寄りの接種会場である公立学校に出向いてみる。
すると身分証明証とCOVIDの接種カードのみでオッケーだった。

学校の出入り口には階段とスロープがある。
土と緑のせまるスロープの方で帰ろう。
お、虫の好みそうな下草。

大判の葉を見やると、ショウジョウバエ大の虫が止まっている。
ヨコバイの類かな。
接写モードで見てみると…

まさかのヨツコブツノゼミではないか!
学名Bocydium。
Bocydium tintinnabuliferum(ボッキディウム・チンチンナブリフェルム)という学名のは「珍奇な」名前のものとしてしばしば言及される。
そんなのは抜きにして、珍虫と奇虫の代表格であるツノゼミのなかでも屈指の珍虫だ。

ヨツコブというよりヨツダマと呼びたい。
体長4ミリとされるが、もっと小さかったかと。
その体の頭部に「ひらけ!ポンキッキ」のムックのような十字型の突起を持ち、その先端4か所に球がついているのだ。
擬態のレベルではおさまらず、その機能はよくわからない。

僕はかつての職業柄、日本でその存在を知ったが、この虫の生息地はわが新大陸の新熱帯区だ。
ブラジル移住まもないころ、サンパウロの目抜き通りアヴェニーダ・パウリスタの植え込み付近でこれらしきものを見たが、まさかと思った。
今度はわがアパートにこれらしきものが飛んできたが、まさか。

その後、昆虫のエキスパートたちとの付き合いがあり、まんざらではないことがわかってきた。
さすがにスマホで満足な写真は撮れないと思いながら構えると、飛び去られてしまった。
わが家に何冊かツノゼミ関係の本がある。
それやらネットの画像を見てみるが、僕が見たのはどうも十字突起に加えて体の後ろに伸びるトゲ状部分が乏しかったかと。

虫の日に
無視はできずに
蒸し返し


6月5日(土)の記 茶の樹キナの樹
ブラジルにて


蔵書がまるで片付かず、明るい見通しも立たず。
悄然としながら、久しく眺めることもなかった日陰の蔵書を見やる。

『アマゾン讃歌』島袋盛徳著、沖縄文教出版社。
沖縄の古書店で買ったのか、あるいは流浪堂さんか。
地方出版のメッカ沖縄で西暦1975年に出された本だ。

読み始めると、面白い。
著者は第2次大戦前にペルーに移住。
戦後、還暦を過ぎてから首都リマを離れ、ペルー領アマゾン地方への移住を図る。
その道行を読んでいるところ。

日本人が興して地方の基幹産業化した茶栽培地帯。
これも日本人が始めたが第2次大戦により没収されて跡形もなくなったキナ樹園。
知らなかったか、記憶に遺していなかった興味深い記載にあふれている。
キナはマラリアの特効薬キニーネの原料であり、トニックウオーターにも用いられている。

さっそくブラジル産ジンのトニックウオーター割りをいただこうではないか。

膨大な荒れるに任せる密林:わが蔵書、の善処のことを少し忘れて、たまたま目についた一本の珍木に見入る、といったところ。


6月6日(日)の記 書の力
ブラジルにて


午後、サンパウロ市内の義母のところを訪ねる。
義母は齢90代。
理由は不明だが、数日前にだいぶ落ち込んでいた由。

わが家の近くで週末にスタンドを出す手づくりチョコのおじさんの製品をお土産に。
義母は日本人一世で書のたしなみもあるので、金澤翔子さんについてのムックも持参することにする。

僕は日本の学校教育以来、書道は苦手・キライだった。
ところが『明瑞発掘』という鬼才異能の書家についての記録映画をまとめることになり…、
その一連で金澤翔子さんについてのこの本も買った次第。
彼女と作品について興味はあるが、よくわからない、といったところ。
彼女はいまだ30代だが、すでに日本にいくつか常設の作品展示館があるというのがすごい。
埋もれたままといっていい伊藤明瑞とのコントラスト。

さて義母に本を渡すとき、興味を持ってもらうための口上を述べなければならない。
「ダウン症っと、どういうのですか?」
と尋ねられ、これは自閉症ほど詳しくなく、どうひと言でいっていいものか。

帰宅後、さっそく夕食の支度。
佳境のところで義母より電話。

さっきの本がとってもよかった、一度見てまた読み返している、とのこと。
こう言われればこちらも悪い気がしない。

さて、なにがよかったのだろうか?
彼女の作品そのものか、それにまつわるストーリーか?
実際に書をたしなむ人としてどうだったのか。
いまは料理中で取り込んでいる。
今度、聞いてみよう。

それにしても落ち込んでいた人を元気づけるというのは、すごいことだと思う。


6月7日(月)の記 あいつ と なかま
ブラジルにて


うだつの上がらない、と言ってよさそうな作業どもを細々と。

子供の頃に聞いて脳裏にこびりついている歌がある。
特にそれに心を打たれたわけでも、気に入ったわけでもないのだが。

最近、よく出てくるのが…
「あいつが」のソロで始まり、「なかま、なかな、なかま~」の合唱で終わる曲。
転校生の「あいつ」はイヤな奴かと思ったけれど、いいヤツだったといったような内容の歌詞だったかと。
小学校の授業で見たテレビ番組のような気がする。

「あいつ」「なかま」のキーワードでダメモトの検索。
けっこう簡単に見つかった。
NHKの『明るいなかま』という番組のテーマ曲だった。
西暦1962年から1986年まで放送された、小学校5-6年生の道徳授業向けの番組。
歌っているのは中山千夏さんだった。

日本の道徳教育というのの誕生が実に政治的でグロテスクであることを最近、知った。
それをツイートしていた記憶がある。
探してみると、なんと今年の4月29日。
以下、引用。

あたりまえにあるように思えた日本の道徳教育の歴史に驚き。
敗戦後、1958年に「道徳の時間」特設。
「アメリカは対日政策を転換し、対ソ連『反共思想』育成のため、道徳教育の強化を求める。」
(小池俊夫「ミッションスクールにおける『宗教』の教育と道徳教育」より。)


これを持て余した学校側が授業時間ごとNHKの番組に丸投げしたといったところか。

体育教育に苦しめられた僕としては「お上」が持ち出す「なかま」というのもキモチ悪いのだが。
番組の内容は記憶にない。


6月8日(火)の記 幸便で本が崩れる
ブラジルにて


「幸便」という言葉に初めて接したのはブラジルに移住してからだったかと。
こちらの老日本人シスターから託された手紙にあったと記憶する。

今日、「幸便」により欲しかった日本の本を入手できた。
ヤッホー。

草森紳一さん著『随筆 本が崩れる』中公文庫。
表紙の写真からゾクゾクする。

さっそく読み始め。
自宅に膨大な書籍を抱える人の格闘記、といったところか。

共感と、安心。
安心というのは、ワタクチの蔵書を巡る苦悩などというのはコロナに比べた「ただのカゼ」程度と慰められること。

が、著者は西暦2008年に亡くなっていて、これは2005年に刊行された新書の文庫化。
メインの章の初出は、西暦2000年前後。
僕がインターネットをいじり始める前の時代だ。
いままだ読んだ範囲では草森さん自体がネットやパソコンとは疎遠の状態だったようだ。

ネット時代の蔵書の苦悩、そして異国住まいのわが苦悩はまたテイストが異なるかと。
それは自分で綴るしかないか。


6月9日(水)の記 フンじゃった
ブラジルにて


午前中、買い物に出る。
久しぶりに足を延ばした通りで新作のグラフィティを発見。
https://www.instagram.com/p/CP5s788njLy/
旬のものの味わい。

大通りを自宅の方に戻る。
ぬるっ。
ぎゃ、ふんだ!
すべって転ぶまではいかなかった。

まさか…
見ると、まさかのウンチだった。
このあたりの大動脈にあたる交通量もある目抜き通り。
路面警戒を怠っていた。

おそらくイヌのだろうが、かなり大ぶりだ。
すでに「先客」がふんだあとで平たくならされ、見えにくくなっていたようだ。

もう20年ぐらいになるか、日本から派遣された青年がサンパウロの犬の糞の多さを嘆き呪っていたのを思い出す。
近年は当地も「ペットさまさま」の様相だが、フン回収のマナーはだいぶ行き届いているとみていたのだが。

先日は大通りにはびこる路上生活者の連れイヌが日曜の昼間っから収支のなか交尾にいそしんでいたっけ。

そもそもわが運動靴は日本で買ってきた防水性をうたったもの。
すでにだいぶくたびれて、底がかなり摩耗している。
雨天時には底から水がしみるかも、という懸念のある状態。

さあどうしよう。
植え込みの葉っぱや草のある部分を踏みつけていく。
一本、裏の道に入ると車道と歩道の境に水たまりがいくつかある。
しめしめと、フンだ左の靴底を浸けてゆすぐ。

さらに工事現場の砂山を踏んだりして。
それでも靴底の溝部にねっとりとしたものがまだこびりついている。

新たな水たまりを見つけるが…
それこそ路上の人たちのオシッコ場かもしれない。

屋内に持ち込まれた靴に付着した犬の糞の悪臭というのは、なかなかのものがある。
さらにヒンシュクを買わないために、帰宅後、さっそく靴底を洗い場にあった古歯ブラシでこする…
古新聞紙の上でかわかすか。

屋外のコロナウイルスは見えもしなければニオイもしない。
これを教訓とするとともに、とにかく足元は疑ってかかろう。
裾が気になり、はいていたGパンも洗濯用スペースに。


6月10日(木)の記 曇天消沈
ブラジルにて


天候は曇天、小雨もぱらつく。
気温は10度台。
そのせいにするわけにもいかないが、消沈気味。

ろくでもないものばかりと知りながらも祖国のニュースが気になる。
このままずるずると…

冬眠にでも入りたい気分。
覚めたら、コロナウイルスは収まっているかな。


6月11日(金)の記 ノリのいい洗濯屋
ブラジルにて


意気消沈気味に加えて、明け方に少し本を読んだこともあり。
いつもより遅く床にとどまる。

かといって、いつまでもとはいかず。
昼からは家族のCOVIDワクチン接種に付き添うことになった。

前日のウエブ日記のアップ、コロナの最新統計などの記載を終えて。
散乱するスクラップ以前の新聞記事等も懸念事項。

近場の小袋を取ってみると、西暦2019年頃のものだった。
「もと」の山から選り分けだけをしておいた新聞記事類。

どれどれ。
まさしく玉石混交。
ほう、リオで「パーソナライズされた」カクテルを出すバーが増えている。

ドイツで出土した3000年前の土器が「哺乳瓶」だったことがわかったとな。
複数の哺乳類の母乳が使われたようだ。
日本の縄文土器にも急須型のものがあるが、哺乳瓶として使われていたかもしれないな。

へえ、サンパウロでスシを出すランドリーが。
セルフサービスのランドリーで、洗濯待ちの間にスシをつまむという趣向らしい。
洗濯屋だけに、ノリが売り、なんちゃって。

なんだか少しは元気が出てきた。


6月12日(土)の記 おろおろ
ブラジルにて


おろおろ、の語の語源を調べるが、わかったような、わからないような。

昨日、ワクチン接種を受けた家族が発熱、寝込む。
僕はおろおろするばかり。

調べてみると、接種したアストラゼネカでは翌日にこうした症状がしばしば生じるようだ。
僕もアストラゼネカだったが、ちょっと腕がだるい、毎度のことかもしれないかなんだかぐったり、ぐらいの症状で済んだ。

祈るぐらいしかできない…


6月13日(日)の記 ウイスキーはお好き?
ブラジルにて


わが家は、台所の食材置き場もけっして片付いているとは言えない。
ずっとあるウイスキーはどうするの?と家人の詰問。

箱入りのバランタインの17年もの。
検索してみると、5000円以上もするではないか。
だいぶ前に…
もう前世紀になるかもしれず…
合わせてすでに40年ぐらい経過しているかもしれない。

日本から訪ねてきた人がDUTY FREEで買って、お土産にくれたものと記憶する。
残念ながらその人は僕がウイスキーを好まないことはご存じなかったようだ。
現ナマでいただけた方がよかった…

酒類全般を好む方だが、どうもウイスキーはおいしいとも思わない。
かつて、ひいきにしてくれていたこっちの日系社会の顔役の人がウイスキー党だった。
お呼ばれの席は決まってウイスキーのご相伴だったが、いやはやであった。

さてこのウイスキー、どうするか。
周囲に好む人も心当たりがない。
もったいないけど、カクテルにするか。

ざっとネットでレシピを調べる。
ライムとトニックウオーターなら台所にある。
さっそく…

まずい、とまでは言わないまでもおいしくはない…
料理にでも使う方法はあるかな。


6月14日(月)の記 絵のないキャンパス
ブラジルにて


午後よりファミリーの用事でピニェイロス川の向こうまで車で行くことになった。
午後3時台だが、西日がきつい。
そうか、当地はまもなく冬至か。

アプリは、サンパウロ大学のキャンパス内を通るルートが最も早いと表示。
パンデミック以降、それを信用して行ってみると大学はシャットアウトされていて、えらい回り道をさせられたことがある。

が、先日、サンパウロ大学内の通行が可能だったとの家人の話を思い出す。
行ってみるか。
わが興味は、キャンパス内でオツなグラフィティを拾えるかなというところにもあり。
運転中の車窓から見ただけだが、手前にはなかなかのものがいくつかあったぞ。

おう、構内通行オッケー。
わずかに車が通るが、ほとんどひと気がない。
お目当てのグラフィティは…
境界部にピシャソンを少し見たぐらいで、見事にない。

そもそも右側はピニェイロス川に並行して築かれたボート競技用の水路が走り、道路との境は金網になっている。
車中から夕暮れ前のカピヴァラを見やる。

左側にはぽつりぽつりと建物が見えるが、なにも描かれている気配なし。
ブラジルの最高峰の大学と、グラフィティは棲み分けがなされているようだ。
描き手もUSP(サンパウロ大学)の学生とはほぼ重ならないとみた。

さあ今日の日毎のグラフィティスナップをどうするかな。
https://www.instagram.com/p/CQHejfCDq4U/


6月15日(火)の記 アマゾン讃歌
ブラジルにて


ブラジルまでかついできた蔵書のなかから、まさしく古本と呼んでいい日本語の大アマゾンものの本を引っ張り出した。
2冊ほど、続けて読んだ。

まずは写真家の飯山達雄さんの『未知の裸族ラピチ』。
カタカナの字面から、あの天空の城を思い出す人も多いだろう。
西暦1964年、「先の」東京オリンピック開催の年の発行。

飯山さんの名前はしばしば拙作『ブラジルの土に生きて』の主人公・石井延兼さんから聞いていた。
石井さんも写真好きだったし、飯山さんは横浜の出身、石井さんはルーツが横浜で同世代なのでさぞ話があったことだろう。
石井さんを訪ねていた頃の僕には飯山さんについての知識がなく、残念だった。

飯山さんの経歴には舌を巻くばかり。
第二次大戦中に国策を担ってニューギニアに入り、「さまざまなエスニック集団と渡り合いながらの踏査行」というのはすごすぎる。
(菊地 暁さん「フィールドワークの同伴者-写真家・飯山達雄の見た帝国日本-」より引用)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seibutsugakushi/93/0/93_65/_pdf/-char/ja

次いで島袋盛徳さん著『アマゾン讃歌』。
これは沖縄文教出版社の1975年の刊。
時代、そしてブラジル領アマゾンとはだいぶ趣の異なるペルー領アマゾンの諸相が紹介される。
著者はブラジル領アマゾンの日本人移住地の視察も行なうのだが、拙作『アマゾンの読経』のキーパーソンが登場してびっくり。
そのほか、ヘルツオークの映画『フィッツカラルド』に勝るとも劣らぬ活躍をした日本人も紹介され、いろいろな想いをかきたてられる。

この手の本は玉石混交だが、この2冊は玉の部類だった。


6月16日(水)の記 祖国凋落の夏を嘆く
ブラジルにて


月→火とお泊りのミッションが入ったため、今日一日、断食をする。
外回りの他は、ネットの整理作業、古新聞いじり。

ブラジルのコロナのデータは日毎の死者、新規感染者とも微増という状況。
いまだオリンピックをやるつもりだという祖国の諸々のニュースには、暗鬱の想い。

これはなにで読んだのだったか…
日本で出された反オリンピックの冊子だったか。

西暦1964年の東京オリンピックのポイントは、第2次世界大戦の敗戦国であり、その最高位にいた昭和天皇による開会宣言だった由。

この酷暑の7月にはその孫による開会宣言か。
今どきの日本の総理大臣ほどのわがままが許されるなら、病気ということでパスしたいかもしれない。

ブラジルで強行されているサッカーのコッパ・アメリカで関係者の9パーセントがコロナ陽性というニュースをまず日本経由で知った。
祖国はこれをさらに悪い形でなぞるのか。


6月17日(木)の記 加筆あり
ブラジルにて


今日は外回りを午後にする。
大通りをメトロでひと駅あまりの距離、徒歩で北上。
あまりグラフィティの期待できない脇道に入る。

教会のあるプラサ(広場)まで行ってから、右折。
先週、思わぬグラフィティの新作を見つけた通りに出る。
https://www.instagram.com/p/CP5s788njLy/

おお!!
描き足されているではないか!
https://www.instagram.com/p/CQOxmdGjWXR/
背景まで塗られて、作者の署名もある。
赤青の女と男が並ぶ構図だが、女性の方にはキノコまで施されている。
キノコのグラフィティはまれに見かけるが、インスタグラムに紹介するのは初めてかもしれない。

帰宅後、改めて先週アップしたものを見ると、もうそれなりに完成している趣だが…
よく見てみると、作成途中の観もある。

それにしても…
美術館やギャラリーに少し時を置いて行ってみて、先に鑑賞した作品に加筆してあった、という体験はむずかしいのではないか。
なんとも贅沢な味わいである。

映画の場合はどうだろう。
コッポラの『地獄の黙示録』のように何度も新ヴァージョンを公開しているものもある。
しかしいずれも最初に撮ったものを編集し直した程度だ。

公開後に新たに追加撮影してリメイクした作品というのは、あっただろうか?
そういう自分は?
おっと、5時間越えの長尺『アマゾンの読経』は初版公開後に知った新事実を取り込むべく、新たに撮影をして改訂版を作成している。
これも自主製作、個人製作だからなせたワザかもしれない。

グラフィティのサインから二人の作者を同定して@マークで送ると、さっそくそれぞれから💛が届いた。
インスタグラムで見るに、二人ともいい仕事をしている。


6月18日(金)の記 荒唐無稽
ブラジルにて


今日という日を、どのように過ごすか。
アプリで交通状況をチェック。
午前中に、サンパウロ市南部のミネラルウオーターの採取所に行く。

有料だが、50リットルで約500円。
しかもpHが9以上の水。
ここのレジには、片言のニホンゴをしゃべる非日系の青年がいる。
「サムイネー」などと言ってくる。
「今日は113年前に、最初の日本人移民団がブラジルに到着した記念日なんだよ」とポルトガル語で伝える。
ポ語で「おめでとう」と言われる。
こういう時に「おめでとう」というのはこちらの文化。
おめでたいのかどうか、勝手に考え込んでしまう。

5月31日付で触れたベネズエラの陥没穴のこと。
蔵書を探検していて『失われた世界へ 前人未到の神秘の大洞窟を探る』という本を発掘した。
こちらの高野書店で買ったような。
1976年発行の訳本で「金沢文庫」という出版社。
紛らわしい名前だが、金沢陽之助という人が発行者だ。

著者、訳者についてひと言も解説が見当たらず、まえがきもあとがきも何もない。
ヤードやフィートといった単位にもなんのフォローもない。
こらえて少し読んでみると、そこそこ面白い。
あらためてこの「金沢文庫」について検索してみるが、これそのものが「失われた世界へ」だった。

この本で描かれている「大洞窟」はギアナ高地にあり、サリサリニャーマの陥没穴として、日本のテレビも何度も取材している。
「『翼竜だ!』と私は叫んだ。」(前提書より。)

ベネズエラの洞窟に「怪鳥」の群れがいるという日本のテレビ番組を見た記憶がある。
ひょっとして…
やはり「川口浩探検隊」シリーズにあった。
1985年の放送か。
ロケ地はギアナ高地だが、この陥没穴ではなさそうだ。

お、ネットで見れるのか。
…荒唐無稽。
ここまでとは思わなかった。
他所の国の国立公園に、日本のテレビ探検隊が専門家も現地人も伴わずに乗り込んでいって「怪鳥」の捕獲を図る。
世界に知られる観光地・エンゼルフォールが、探検隊が決死の覚悟でたどりつく秘境とされて…

この滝の落差は979メートル。
探検隊はその滝壺付近で洞窟を発見。
洞窟を探検すること数日間でたどり着いたのは、滝口のあるテーブルマウンテンの頂上だった。
番組のコーディネートはブラジル日系の大御所のおふたりか。

もう寝込みたくなる。
今の日本の自公政権のでたらめぶりに通じるものがありそうに思う。
床のなかで少し考えてみようか。


6月19日(土)の記 土曜の動揺2021
ブラジルにて


今日の日記のタイトルを考えて…
「土曜の動揺」というのが浮かぶ。
これは使った覚えがある。
今年の西暦表記を加えよう。

午前中、安売り中のちょっと離れたスーパーへ。
新しくグリルドチキンを始めたとある。
特別価格か。

昼食はあったかいソバかウドンでも、と考えていたが。
チキンにすると…
米飯をこれから準備するとなると、研いで浸水させてで時間がかかる。
浸水不用のブラジル式炒め煮にするか。

売り場でチケットをもらって特設レジでまず先に支払って、というシステムか。
お釣りがないとのことで、カードで購入。
あれ、チケットが見当たらない。
全身を探すが見当たらず…

そうか、支払いの時にレジで渡したのだな。
すでに、認知症であっても若年性ではない歳だし…

今日は家族全員が在宅。
「おさんどん」役。
料理ではサエてるかも。


6月20日(日)の記 冬の春菊
ブラジルにて


路上市の野菜のスタンドで、シュンギクを見つけた。
SHUNGUIKU と書かれていなければ、セロリの葉っぱと見まがえていただろう。
珍しい。
思い切って買ってみる。

さてシュンギクの「おくに」はどこだろう?
帰宅後、検索。
中国ぐらいかと思っていたら、地中海沿岸とな。
ヨーロッパでは観賞用だったとのこと。

日本では春菊を出されれば食べていたが、自分で買って調理した記憶がない。
横浜のガウジイこと伊藤修さんがアマゾン料理のガリンニャ・デ・トゥクピをこさえる際、やはりキク科のジャンブーという食材が手に入らないので春菊を代用していたのを思い出す。
今日ではジャンブーもそこそこ日本で栽培されているようだ。

夜はシャケのアラで石狩鍋風とするつもりだった。
これにシュンギクを使おう。

うむ、葉ものを煮る時は多すぎるぐらいの方がいいのだな、と改めて思う。
まだまだ使いきれない。

今度はナムル風にしてみるか。


6月21日(月)の記 背中が見えた
ブラジルにて


うつうつとした状況のまま、こちらの暦は冬至。
寒い、といっても摂氏10度を切ることはとりあえずなさそう。

無能の人、無用の人にもそれなりの用事なきにしもあらず。
近所の木工所に先週、追加発注した書籍収容用のパーツを受け取りにいく。

発注前に寸法を測っていた時、これを設置しても蔵書はまだまだ片付かないと暗澹たる思いだったが…
うむ、意外と。

とにかく蔵書の背表紙ぐらいはチェックできるようにしたいというのが希望。
本の三重置きはもってのほか、とつくづく思う。
二重置きにとどめて、前の段を控えめにしてできるだけ後ろの段より丈の低い本を並べてみる。

うむ、すこしずつ「たがやし」続ければ、後ろの段の背表紙もある程度、把握できそうだ。
いじっているうちに、これはという本を何冊か見つける。

昨日まで読んでいた古書が抜群に面白いのだが、さっそく浮気…
何十年ぶりかで開いた本に触発されて、関連本が欲しくなり。
ネットでチェック。

それにしても、本を読める幸せ。


6月22日(火)の記 SEA SNAIL
ブラジルにて


夕方、勤めから家人が帰宅。
緑色の小包を手にしている。
アパートの受付で渡された郵便物だ。
おお、ついに着いたか。

「SEA MAIL」のスタンプが押してある。
日本からの船便だ。
今年3月5日の消印。

先方から照会番号を伝えてもらい、時折りネットで追跡していた。
日本出航以来の足取りがつかめず、ちょっと心配していたところ。

同じ方が昨年、やはり船便で送ってくれたものは2か月足らずで落手できた。

日本とブラジルの航空郵便は、昨年5月に中止されたままだ。
日本から僕に何か送りたい、という方々も、船便のみ、と知るとあきらめてしまうケースが多い。
この方は、めんどくさく経費もかかるのに二度もチャレンジしてくれた。

封筒、封印テープ、添え状それぞれにお心配りがあふれ、くらくらする思い。

当地の日本語新聞によると…
日本がブラジルとの航空便を中止したのは、中継地となるアメリカ合衆国に忖度したらしい、という記事があった。

民間企業のDHLなどは航空便を日本と結び続けているのだが。

親しくさせてもらっていた戦前移民の方のエピソードを想い出す。
日本から船便で手紙が着くと、開封前にまず涙。
開封して読んで、また涙。

その想いを実感す。


6月23日(水)の記 秘密の花園
ブラジルにて


まず午前中の買い物。
久しぶりに水曜のオルガニック市まで行ってみる。
うーむ、イマイチ食指が動くものがない。
ちょっと気になるものがあっても値段の記載がない。
聞けば高いのはわかっている。
向かいにあるスーパーでブロッコリNINJA種を購入。

最近、この近くに移転したカフェに寄ってみるか。
以前より広い場所だが、中が暗く、ちょっと客層も違う感じ。
まだ移転後は通り過ぎるだけで入っていない。

行ってみるが…
この店は昼食が「かきいれどき」(この語の漢字表記を知って驚く)だ。
その前のバタバタ感が外からでもうかがえ、やめておく。

午後、ふたたび出る。
今日のグラフィティは午前中にスナップ撮り済み。
アルコール類を補給しておくか。
どこかカフェに行けるうちに行っときたい、という思いもあり。
この調子でコロナ新感染者が増加すれば、また飲食店はテイクアウト・デリヴァリーのみになりそうだし。

ひと駅先にある、日本の地名を付けたカフェまで歩く。
長らく閉まっていたのが、また開くようになったようだ。
以前、何度か来てみたが、見せの日系女性スタッフらはあまり感じがよくない。
この事態で、少しは変わったかもしれない。
おや、かなりの客数。
やめておこう。

まずは格安カシャッサを購入。
ほぼ向かいにあるミナス系カフェに行こう。
比較的お気に入りの店。

おや。
今もスタッフが床掃除中で、話し好きの日系の男性客も居座っている。
先日も、こちらの喫茶中に目の前で床拭きを始められた。
この時期に素性のわからないアニキにまたべちゃくちゃ話しかけられても困る。
パス…

マイホームに帰るか…
うむ、この裏道に行ってみるか。
ひとつ、ナゾのスペースがある。
通りにカフェかもしれない、これといった看板もない一軒家がある。
廃屋と言ってもおかしくなさそうだが、夜など奥に電気が灯っている。
今日も「aberto(open)」の小さな札が出されているが、何年も前からこのままの気配。

時折り道で売春系民家のビラをもらうことがある。
住宅街の民家のつくりで、そういった場所があるのだ。
ここも、かくや?
とにかく、入りにくい。

お、なにか小さな文字で書いてある。
この店にメニューはありません、云々。
横のベルをならしてください、とある。

だが呼び鈴は壊れている。
呼び鈴のところには左の方の紐をひいてください、とある…
注文の多い料理店か。

口上書きのところにインスタグラムのアドレスがある。
まずはそれをスマホで見てみよう。
ふむ、昨日アップしたものもある。

思い切るか。
左側の紐とやらを探す。
先に鈴があるようだ。

まもなく僕より若いアニキが出てくる。
営業中とのことで入ってみる…

これは面白いところを当ててしまった。
あとで聞いたのだが、1939年地区の「古民家」で、1940年代の家具を買い集めた由。
まず屋内のソファの並んだ席に座る。
中央のテーブル席に女性客がいるし、もし後に複数の客が来たら僕がここを占拠するのは望ましくないだろう。

ベランダにもテーブルがあるので、そこに移る。
カフェだけでもナニなので、他にケーキがあるとのことで所望。

小鳥が来ますよ、と言われたが、ホントに来た。
カフェとケーキを持ってきたアニキにそれを伝えると、
「チコチコでしたか?」
と聞かれる。
チコチコという鳥の名前は知っているが、恥ずかしながらどんな鳥かがわからない。
調べておこう。
ベランダに咲く花の名前も教えてもらった。

いやはやまことによき時空だった。
よくぞ、よくぞ。
https://www.facebook.com/jun.okamura.733/posts/10223983235743728?notif_id=1624474287051226 ¬if_t=feedback_reaction_generic&ref=notif

ようやく、当てたという思い。
さっそく再訪したいが…
せめてカフェ代ぐらい稼がないと。


6月24日(木)の記 「エコロジーを騙(かた)る」をつぶやく
ブラジルにて


最近のメインの作業は、過去のウエブ日記のバックアップ起こし作業。
ざっと目を通しながらなので、おいそれとははかどらない。
今さら気づく恥ずかしい校正ミスの修正もあり。

そんなわけで滞っていた過去の書きものの拙ウエブサイトへの取り込みを久しぶりに行なう。
エッセイ集『岡村淳 ブラジルの落書き』「エコロジーを騙(かた)る」。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000258/20210623016097.cfm?j=1

特に狙ったわけではなく、順番に作業しているのだが、なかなかタイムリーかも。
これに書いた話はもう四半世紀も前のことだけど。

今日は用事があってパウリスタ地区まで出る。
行きはメトロ、帰りはバスと歩き。
久々に1万歩以上、歩く。

まあいろいろな発見体験があった。


6月25日(金)の記 赤ジン
ブラジルにて


近くのスーパーで特売のトニックウオーターを購入。
こちらのは日本と異なり、ちゃんとキニーネが入っている。

先日、買ったブラジル国産ジンをもう空けてしまった。
昨日、遠征の帰路に寄ってみたスーパーで聞いたことのないメーカーのジンの安売りをしていた。
チラシを参考に、その銘柄を調べる…

ほう、外国メーカーのパテント使用の国産品か。
ブラジルの国産ジン・ベスト10なんていうページもある。
え、ブラジルには国産のジンの銘柄が300近くあるとな。
信じがたい。

ちょっと前まではブラジル国産のジンがあることにも気づかなかった。
そもそもオランダの医者が薬用に発明したとあるではないか。
「仁」という江戸時代の医者のマンガもあったぐらいで。

いずれにしても薬用効果はあるようで、ノミスケにはありがたい。
おあつらえ向けに朝、いれたものの飲みっぱぐれていたハイビスカスティーがある。
検索するとジンとハイビスカスティーのカクテル、あるある。

先日、国産のジンを見つけたスーパーまでは、ちと距離がある。
より近い大衆系のスーパーはどうだ。
うむ、日本円にしてワンコインでお釣りで来るのがあった。
ECOとあるが…
なんのことはない、プラスチックボトルだ。

このエコボトル、やたらに開封がむずかしく危うく包丁で怪我をするところだった。
薬用酒を開けようとして怪我ではシャレにならない。
消毒にはなるか。

今日の夕餉のメインは、鶏のから揚げ。
時間はたっぷりかかる。
赤ジンでキッチンドリンク。

ちと緑が欲しい。
鉢植えのミントはあえなく枯れてしまった。
新たに買った紫バジルの小鉢がある。
…うーむ、バジルは合わんか。

まあ、夏場にふさわしい色合いと味わいだな。


6月26日(土)の記 未明の他人のふり
ブラジルにて


こちら時間の午前5時15分から開始の予定。
日本の立教大学ラテンアメリカ研究所のオンライン講座。

今日は聴く方で参加を申し込んだ。
あれ。
5分過ぎても始まらない。
こちらの問題だと思ってあせって再起動したり、IDを入れ直したり…

先方の技術上の問題だった由。
今日は二人の受講生の発表。
受講生といってもひとりは何冊もの著書があり、もうひとりは大手新聞の文化部記者。
プロといっていい。

僕の立教ラテ研オンライン講座から、半年余り。
人のふり見て、わがふり直せ。
来週は久しぶりに日本の大学相手のオンライン上映とトークを仰せつかった。

まあ、そこそこのオンラインイベントを見てきたが。
積極的に笑いを取りに出たのは、畏友の細川周平さんの日文研退官記念講演と、拙者ぐらいだな。
こういう時期だからこそ、マジメな笑いが欲しいところ。

さて、半年前の講演の講義録をつくるという宿題が残っている。
講演を聞いた人にも聞いていない人にも楽しんでもらえるものを準備中。
ご期待あれ。


6月27日(日)の記 タリタ クム
ブラジルにて


どうも、ポルトガル語の読解能力も衰えている気がする。
以前より、意味が取りにくいことが多いようで、そのままにしがち。

今朝は家族でカトリックの施設のミサにあずかる。
入館時に検温があり、聖体拝領前にアルコール消毒がある。
天井は高く、冬場でも窓はひと通り開け放たれている。
そもそも参列者もパンデミック前の半分以下ぐらいか。

今日の福音朗読は、長め。
マルコによる福音書から。
2000年前に中東で起きたというイエスの奇跡のエピソード。
重篤の病の女性の話なのだが…

メーリングリストで日本から「今日の福音」というのが毎日、送られてくる。
世界中で言葉は違っても聖書の同じところを朗読しているのだ。
この日本語訳を読んで恥ずかしながらやっとわかった。

今日の朗読箇所では、ふたりの女性のことが語られていたのだ。
ひとりは12年間、出血が続いている女性で、もうひとりは寝たきりの12歳の少女。
重病と12という数の共通から、同じ女性と勘違いしてしまい、わけがわからなくなっていたのだ。

寝たきりの少女はイエスが「タリタ クム」と告げると起き上がったという。


6月28日(月)の記 薬局ハシゴ
ブラジルにて


もう20年ぐらいになろうか。
わが家の近所に大手薬局チェーンの店が乱立。
訪問客のための駐車場もあちこちにできた。
地方から貸し切りバスで買い出しに来るほどとのこと。

こちらもクスリが入り用な歳になってきた。
最近、開店した店の記念品引換券がある。
それを持って値段のチェックがてら先日、行ってみた。
もう記念品はオシマイとのことで、クスリも値段のチェックのみにとどめた。

さて同じチェーン店に行ってみると、ジェネリックのはなく、オリジナルのみだという。
倍近い値段。
競争相手の店に行ってみると、より高い。

最初に行ったのと同じチェーンの別の店で3個買った場合の割引がいちばん安い。
都合、4店まわった。

それぞれ、値段確認まで列について。
ひと仕事であった。

日本でこんなに薬局を回ったことは…
あったあった。
ブラジルで頼まれたものを仕入れる時。

東京にもやたらに薬局が増えた。
少しでも安い店を探して何軒もハシゴしたっけ。

のまずしてヤク中だ。


6月29日(火)の記 書のちから2
ブラジルにて


齢90代のこちらの日本人の身内。
足腰も弱り、コロナ禍もあってまるで外出をしなくなっていた。

僕の蔵書のなかから彼女の興味を引きそうなものを時々お持ちしている。
僕自身は「習字」にはトラウマしかないが、『明瑞発掘』を取材した時に書道関係の本をいくつか購入していた。

書の写真が多い金澤翔子さんの本を持って行ったところ…
ドツボにはまったようで、何度も読み返しているという。

折しもサンパウロのジャパンハウスで金澤翔子展を開催中。
今週いっぱいだ。
僕は先週、行ってみてアクセス、駐車場などを確認しておいた。
ダメモトで声をかけると、どうしようかと思案される。

火曜の午前中ならお付き合いしますよと言っておく。
あいにく冷え込みが始まり、小雨も舞う。
「行って後悔するか、行かないで後悔するか…」
と持ち出すと、それなら行った方がいいと言う。
移民で来るような女性は度胸がいい。

ご案内。
とくに事故もなく、なによりでした。
ダウン症というのはどんなのでしょうか?
と何度も聞かれて、僕なりのつたない理解の説明を繰り返す。
また聞いてくるので、あとは医者をしているご自身の子供に聞いてみてくださいと告げる。

金澤さんのサイドストーリーではなく、書そのものに打たれたようで、そのちからはたいしたものだと改めて思う。


6月30日(水)の記 竹内浩三 ヒノクルマ
ブラジルにて


サンパウロのジャパンハウスで開催中の金澤翔子展。
なかに「断捨離」の語があった。
ご案内した方にどういう意味かと尋ねられた。
こちらの説明のまずさが、先方の認知力の問題か、数回、同じ質問が繰り返された。

僕にとっては耳の痛い言葉である。
いわゆるダンシャリを拒みつつ、居住スペースをゴミ屋敷状態にしないという無理筋にはかなくも直面中…

蔵書に加えて、資料類を入れたケースがうんざりする量だ。
新聞雑誌などで気になるものを取ってあるのだが、ざっと目を通して少しでも処分して新たに分類する作業におそるおそる着手している。

どう分類していいか迷ったのだろう、「表現」とシール貼りしたケースを開けてみる。
『楽しいわが家』という日本の地元の信用金庫に置いてある冊子の切抜きがあった。
西暦2015年7月号。

よしだみどりさんの連載が、フィリピンで戦死した詩人の竹内浩三について書いていた。
竹内が遺した「日の丸」の替え歌が紹介されている、

 ヒノクルマ(ヒノマル) 詩 竹内浩三

  アカジニクロク(シロジニアカク)
  ゼーキンアゲテ(ヒノマルソメテ)
  アークルシイヤ(アーウツクシヤ)
  ニホンノクニハ(ニホンノハタハ)
  クロジニノボル(アサヒニノボル)
  イキオイミセテ(イキオイミセテ) 
  アアイタマシヤ(アアイサマシヤ)
  ニホンノクニハ(ニホンノハタハ)

映画監督を志した竹内は、日本敗戦の約4か月前23歳の時にルソン島で戦死したとされている。
ああ、画家の富山妙子さんと同じ年の生まれではないか。
富山さんは今年、満百歳になられる。
富山さんと、竹内の話がしたい。

ふたたびヒノマルの国が狂気に突入せんとする時局。
あの時代の祖国に、これを綴って遺してくれた人がいたという希望。

検索してみて、よしだみどりさんが編集した『竹内浩三集』があることを知る。
もっと竹内浩三を読みたい。


 


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