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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2021年の日記  (最終更新日 : 2021/10/28)
10月1日(金)の記 司祭からの返信

10月1日(金)の記 司祭からの返信 (2021/10/01) 司祭からの返信
ブラジルにて


さる日曜にアップした拙日記の問いかけ、特に何のリアクションもなかった。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000260/20210926016257.cfm?j=1

これを、親しくしている日本人のカトリック司祭にお送りしたところ、以下の返信を昨日付でいただいた。

僕だけにとどめておくのはもったいないので、ここに紹介したい。

もう少し、ゆっくり聖書を読んでください。
イエスが一番嫌ったことは偽善です。あの当時の教会の権威者グループは、自分たちの特権を守るためにモーゼの10戒を300以上の法に変えました。
特にファリザイ派の人たちは、広場で祈りをしたり、人々に見せるために断食をしたり、その偽善は酷いものでした。
そのうえ、法を守れば天国へ行けると教えました。
彼らが手を洗ったりしたのは、衛生のためでなく、人々に見せるために行ったのです。
こうして自分では守らないことを、人々に実行を義務ずけようとしました。
あの福音の前後をゆっくり読んでください。
彼らが人前で手を洗ったのは、衛生のためでなく、この行為を人びとに見せるためでした。
偽善はイエスが一番嫌ったことことでした。
救いは神から無償で頂くものであることを否定しました。
あの当時の教会の権威者たちは、救いは神から頂くものでなく、人間の行為によるものとし、人々、特に、貧しいで人々をくるしめました。
例えば、月経は血で女性を汚れたものとし、神殿で捧げものをしなければ許されないと教え、捧げものが出来ない女性を苦しませました。
人々に法を守らせ、神殿の歳入を増やそうとしたわけで、衛生とは関係のないことした。


こんなに丁寧に綴っていただいて、恐縮な限り。
しかし僕の問題意識とのズレがあるようだ。
いま、僕が欲しているのは、このコロナ禍で今日をどう生きるか、どう感染を逃れるかの支えとなる言葉だ。

そもそも問題にした聖書の箇所をよく読むと…
イエスの弟子の何人かは手を洗わず汚れた手で食事をしたとあるが、他の弟子たち、およびイエス本人は食前に手を洗っていたとうかがわれる。

今日、先方にこちらの問題意識を新たにメールでお伝えする。



  


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