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熟年クラブ連合会
     活動報告  (最終更新日 : 2019/02/15)
2013年9月号

2013年9月号 (2013/09/14) 第三回地蔵祭りしめやかに開催

 第三回地蔵祭りが八月十六日(金)に熟連サロンで開催された。この地蔵祭りは日本では毎年八月二十三~二十四日頃に行われるもので、町内ごとにお地蔵様の祠(ほこら)を持ち、住民が回り持ちでお世話をしたり、この日のために各町内の店先やガレージ、公園や集会場が地蔵様の舞台として提供され、提灯で飾りつけられ、道路を通行止めにしてイベントが行われる。
 地蔵菩薩が子供を守ってくださるという信仰から、お念仏を唱えてのお数珠(じゅず)回し、おやつの時間や映画の上映、カラオケ大会、盆踊りなど各町内が趣向を凝らし、年に一度、夏休みの最後を楽しむコミュニケーションの場ともなっている。
 塾連もこの地蔵祭りを見習って毎年八月の代表者会議の後で開催しており今年で三回目となっている。小坂誠副会長の司会で十二時三十分から始まり、導師はモジ・ダス・クルーゼス市西本願寺の清水円了先生にお願いした。約五十分にわたりお地蔵様法要が行われ、約四十五名が参加した。
 その後、会場をサロンに移して、先生の講演が行われ、講演では、地蔵菩薩について約四十五分間にわたり次のように語った。
 「私は十年前に老人クラブ大会に招待され、文協で講演致しました。本日また地蔵祭りにお招き
頂き、ありがたいご縁と喜んでいます。はじめにお地蔵様の事を話す前に、仏教とキリスト教の違いですが、仏教は慈悲(じひ)の宗教であり、キリストは愛の宗教であると言われています。地蔵様は仏教の世界では守りの神様、迷いの世界から救う神様です。
 お地蔵さまの名由来はインドの古い言葉では『クシティ・ガルバハ』(梵語)と言い、仏典の「地蔵十王経」によれば、あの鬼より怖い閻魔大王の化身なのだそうです。が、地蔵菩薩(別名・妙幢菩薩)は元々、釈迦が亡くなり五十六億七千万年後に弥勒(みろく)菩薩が現れるまでの間、衆生を救う(一切衆生を教化する)ことを主な役目とした菩薩さまだということになっています。
 「地蔵」という漢字表現は中国に伝わってからできた言葉で「クシティ」が「大地」、「ガルババ」が胎内・蔵を表すことから生まれた言葉で、農耕民族にとって最大の恵みを齎してくれる「土地」への素朴な信仰と密接に結びつき「地霊・田の神」とも無理なく融合して民衆の間に地蔵信仰が浸透していったものと思われます。
 時代的には、平安期に広まった末法思想に深い関わりがあるとも解釈されています。つまり、閻魔(えんま)さまの化身(けしん)だとも言われるほどの方ですから、亡くなった者が冥途(めいど)に旅立ち、地獄の閻魔様の裁きを受けなければなくなくなった時、強い味方になって頂けるという訳です。
 ちなみに末法思想とは、お釈迦さまが亡くなってから、一定の期間が経過すると社会に混乱が起こるという考え方で、平安時代の中頃では釈迦の入滅後二千年に当たる一〇五二年(永承七年)に「末法」を迎えるという説が広く信じられたものです。末法思想は人々の浄土への憧れを増幅しました。そして失うモノが沢山有る貴族階級の間で広まったのが地蔵信仰だったのです。
 人々は、毎月二十四日を「縁日」として、お地蔵様の名前を念仏のように唱えて、ひたすら西方浄土への往生を祈願するために集い、それを地蔵会・地蔵講と呼んだようです。
 その後、時代は下り、今では誰でも、病気になれば医者に診てもらい、治療を受けることが出来ますが、つい最近まで、江戸期以前であれば尚更、病を得ることは「死」に直結する一大事であったのです。だから、健康で普通に暮らせることは実に「有り難い」ことでした。
 また特に当時庶民の暮らしは非常に貧しく、貧しさゆえの口べらし、間引きは必要悪であり、間引かれた子等の成仏を願い、救いを求め地蔵信仰は一般民衆、農村にも広がったのです。
 そういう訳でお地蔵様の手にしている錫状は悪を退けるという意味、また如意宝は子安子宝を意味しています。この機会に生死を分けたすべての方々への地蔵菩薩様の優しいご加護をみんなでお願いしたいと存じます」と述べ、地蔵和讃を紹介し、講演を締めくくった。


マージャン大会、松平氏に栄冠

 熟連の麻雀教室は二年余を経過、当初一年ほどは二卓どまりで淋しく感じたものだったが、今年に入ってからは少しずつ参加者が増え、最近では三~四卓と盛況ぶりを呈しており頼もしい活動を続けている。同教室では年に二回ほどの大会を開いて欲しいとの愛好者の要望に応えて八月一八日(日)に第二回目の熟連麻雀大会を催した。
 当日は二〇人の雀士が時間通りに集合、五卓を囲んで恒例のように一~三回戦までをくじ引き、四、五回戦を上位からのつぶし合いのルールで技を競った。
 大会では全回プラス者はさすがに皆無、一回のみ沈んで四回浮いた強者はアマウリ、大門、小松の三氏でトップ・グループに残った。
 松平氏は二回マイナスとはなったものの三一・九〇〇点(二回)、二六・六〇〇点(三回)、四四・八〇〇点(四回)と中盤戦の伸びが勝敗を左右した。アマウリ氏は堅く稼いだが、最後のマイナス・一六・五〇〇点が命取り。雨宮氏も手堅く打ったが決定打に欠け、大門氏は必死のラスト・スパートで二五・八〇〇点でトップを勝ち取り一位の松平氏に肉迫したが一歩及ばず、一〇・九〇〇点の僅差で松平氏が逃げ切って優勝を飾った。
 松平氏は「世話役になった者で滅多にトップになることはないのが通例なのですが、例外を作ってしまいました。今日は初めから手が軽いなと思いながら打っていました。
最後にはとにかく四一・〇〇〇点近い大差がついていたので、ふらないように慎重にいきました」と嬉しそうに感想を語っていた。
 終了したのは四時半ごろ、入賞者は次の通り。
一位(松平=九〇・二〇〇点)。二位(大門=七九・三〇〇点)。三位(小松=六二・四〇〇点)。四位(大浦=四七・五〇〇点)。五位(雨宮=四〇・八〇〇点)。ブービー賞(馬場)の各氏、以下参加者はアマウリ、宇野、大西、久保田、小林、高井、田母神、寺崎、中村、松井、光内、森久保、山中、山福の諸氏(順不同)。
 大会の収支報告。収入=三〇レアル×二〇名=六〇〇レアル。支出(弁当一三・〇〇×二〇名、二六〇レアル)。景品合計、二七〇レアル)。お茶菓子、七〇レアル、合計、六〇〇レアル。


清水導師からのお手紙

 拝啓、貴会ますますご隆盛のこと、まことに慶賀に存じます。
 先日は「第三回地蔵まつり法要」にお招きいただき尊いご縁をいただき厚くお礼申しあげます。
初めてのご縁で、どのような形式で、「地蔵まつり法要」をお勤めされるているのかも分からないままに寄せていただきましたが、有り難いご縁であったと喜んでいます。
 現今の世相は、無宗教で義理・人情も軽薄となり「混迷の社会」と言われています。そんな社会にあって、貴会では会の精神的なシンボルとして敷地内に「お地蔵様」をお祀りして、「心の拠り所」としておられる事に敬意を覚えました。
 私も、既に七十三歳という馬齢を重ねました。お互いに、自分の人生を静かに振り返ってみると、家族のため社会のため、歯を食いしばって生きて来ましたが、フッと考えると、この世に何の為に生れて来たのか?この命、何処から来て何処へ帰って行くのか?大事な「命の意味と方向」を見失って、最後は「空しい思い」で死んで行くのが殆んどの人の生き方です。
 そんな中で貴会では、日本移民百周年を記念して、会員の「心の拠り所」として、苦悩に寄り添って人々に生きる力と生きる喜びを与えて下さる「お地蔵さま」をお祀りして、貴会館を来訪される会員が、その度に礼拝されている事は尊い限りです。
 今後も、この「お地蔵さま」を大切に護持されます事を心より念じ上げます。
 最後に、貴会の益々のご発展と貴会皆々様のご多幸を念じお礼の言葉といたします。取り急ぎ、お礼言上まで。合掌(モジ・ダス・クルーゼス本願寺主管 清水円了)


宇野先生をお迎えして

サンパウロ鶴亀会 相沢絹代
 宇野先生は今回が初めてではなく、今まで何度かお願いしました。私共の例会は本部会舘で行います。今までは先生の時間として特別に取っておりませんでした。今度はゆっくりと話していただこうと思い、十分に時間を取りました。日本から来られて一年余り。この間に感じた事を話して頂きました。
 まずは日本で習ったポルトガル語が通じない事。現地ではどのような事をやっているのか。またどうすれば良いのか全然知らされていなかったとのことです。クラブをまわって感じたことは、どこでも例会には必ず黙祷(もくとう)をする事や各自集まってお茶を飲みながら歌を歌ったり体操をして楽しく一日を過ごしている事。次回を楽しみに待っている事など。
 日本では会を作ると政府から補助金が出るそうです。だからたくさん会ができるそうです。ブラジルは会員一人ひとりの自覚で成り立っている事はとても素晴らしいとも言っていました。それでは日本ではお金があるからと言って毎月集まるのかと言うとそうではなく、年に数回とか特別なときに集まるという事です。
 最後にスポーツの話になり、今、どんなスポーツが盛んか、またそのスポーツでは人気がある選手は誰かと質問したりしては、楽しい時を皆で過ごす事ができました。


みずほ桜まつり

みずほ福寿会 井戸朝江
 八月二十五日日曜日はみずほの桜まつりでした。
 天候に恵まれ、満開の桜が皆を迎えてくれました。
 みずほは門を入ると道の両側に桜の木が植えてあります。五十メートルほど入って行くと、野球のグランドがあり、その横にはゲートボールのコートがあります。その周囲を囲むようにまた桜が植えてあります。
 今年は雨があまり降らずに満開の桜が長い間私たちの目を楽しませてくれています。
 台所では、金曜日から婦人会、福寿会、文協の方たちが協力して桜まつりの用意をしました。桜もち、焼き饅頭、ふかし饅頭、寿司、いなり、パステス、みずほ自慢の焼きソバも用意して皆さんをお待ちしました。当日は早朝から会館はてんやわんやの大忙しでした。
 会館の前庭には色々な出店があり、子供用品、服、食べ物などがあり、来られた方々は色々と買物を楽しまれていたようです。
 十時半頃から会館内のサロンではビンゴが始まりました。その合間、あい間には健康表現体操、ダンス、踊り、カラオケが披露されました。ビンゴの賞品も盛りだくさんで、台所用品、家庭用品、日本食品、そして大人用自転車もありました。ビンゴの数字が出るたびに一喜一憂(いっきいちゆう)。大きな声で感激する人、残念がる人、また途中では四百レアイス、六百レアイス、最後には一千レアイスの現金が当たるビンゴもありました。
 みずほ自慢の焼きソバの食券を買うのに列に並び、また食べるのにも列に並ばなければならないほど食べるのにも一苦労です。また、美味しい焼きソバを持って帰る人もたくさんいて、ここでも係りの人は大忙しでした。
 予定通り、最後の一千レアイスの賞金が当たるビンゴは五時半に始まり、これは二人に当たり、仲良く五百レアイスずつ分けたようです。私もビンゴが大好きですが、どうやらこの日は幸運の神様に見放されたようです。でも、ビンゴは老いも若きも参加できるゲームです。来年も楽しみいっぱいの桜祭りにぜひ来て頂きたいと思っています。


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