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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2006年の日記  (最終更新日 : 2007/01/01)
1月の日記・総集編 敵対を恐れず

1月の日記・総集編 敵対を恐れず (2006/02/01) 1/1記 創世記12.1

ブラジルにて
あなたは生まれた故郷を離れて
私が示す地に行きなさい。

これはPANIB(日伯司牧協会)の2006年版カレンダー1月の聖句のパクリ。
いろいろコメントしたいカレンダーだが、正月向きではないので止めておく。
午前中、サンパウロ郊外の憩いの園へ。
これだけ道が空いているなら、もっと通いたいのだが。
森下妙子さんが入居している老人ホーム。
岡村の訪問のちょっと前まで酸素吸入をしていたという。
この場では詳細の記載を避ける。
森下さんの懸念されていることを受けて、事情によりこれまでお伝えしていなかったことを思い切って告げさせてもらう。
「60年目の東京物語」で切り取った現実はもちろんその後も続いている。
それとどうかかわるかは、僕自身の問題。


1/2記 シュマリ!

ブラジルにて
ブラジルは、今日からもう平日。
日本の「三が日」の間が懐かしい。
あの映像記録でも三が日ぐらいは休みだった。
もっとも3日ぐらいになると牛山御大の自宅に出頭命令が下ったりしたものだが。
家事の合間に手塚治虫「シュマリ」全3巻(角川文庫)を読了。
北海道に渡った友人を偲びつつ。
これも大傑作ではないか。
この人ほど、代表作、ライフワークと呼びたくなる作品が多い人も珍しいのではなかろうか。
登場する女性像が、作者の理想の具現そのもののようで、胸を打つ。
打ちひしがれた開拓者の姿も強烈。
こういう真に偉大な作家にこそ、ブラジル移民を描いて欲しかった。
手塚の遺作は「グリンゴ」、アマゾン奥地の「勝ち組」の村に主人公が迷い込んだところで中断。
特別な意味を感じざるを得ない。


1/3記 海岸山脈…

ブラジルにて
例によって出遅れるが、待望の家族旅行へ。
すでに体験済みの場所。
山を下りながら、雲がドライアイスのように湧き上がるのを間近に見る。
ゴール目前の街で遅い昼食、最後のくねくね山道をビール運搬のトラックの後続となり、徐行。
最後はローギアのみで上る。
宿に荷物を運び、一服の後、夕方の海岸へ。
海と山と緑。
海岸山脈は素敵である。


1/4記 雨のレインフォレスト

ブラジルにて
深夜から雨。
一日中、雨。
レインフォレストの雨季である。
この宿はこれまででもっともツノゼミの種類を豊富に発見したところ。
昨日到着後、旅装も解かないままいくつかのポイントをチェックするが、一頭も見当たらなかった。
今日は雨中の探索を行なうが、ツノゼミ日照り。
代わりに当地では珍しい陸貝(カタツムリ)、そして巨大ナメクジ、あのアシヒダナメクジ!
日本で当たり前のナメクジとはまるで進化の系統を異にする、あれだ。
さらに豪雨に。
このナメクジは見失うが、近くのシダで別種の巨大ナメクジを発見。
雨中、我が物顔でシダの葉をを貪り食っている。
かつて長年温めていた「夜のアマゾン」という企画は、日本のテレビメディアの制約で多少、ゆがめられたが実現することができた。
「雨のレインフォレスト」というのもやってみたかった。


1/5記 海縄文・山縄文

ブラジルにて
雨あがる。
薄雲のかかるプライア(海岸)日和。
子供たちの浜遊びを見守りながら、いろいろ考える。
最近、日本でも静かな縄文ブームとか。
もとより時流に縁はないが、不肖オカムラの学生時代の研究も今日なら岡村の昨今のドキュメンタリー作品程度の理解は得られたかもしれない。
かつての僕は、ひたすら山の縄文を志向していた。
しかし列島間を丸木舟程度で自在に移動して、巨大な貝塚を残したこの文化を考えるには、海の縄文をしっかりと視野に入れなければならない。
縄文と月読み・ムーンウォッチャーについては当時すでに優れた論考が出されていた。
月を読み、潮を読むことは海の文化の基本だろうな。
海と山に包まれたブラジルの海岸山脈は、新たに縄文を感じ、考えるのに格好。


1/6記 聖市中継

ブラジルにて
午後、家族旅行よりいったん我が家に帰る。
さあ、荒れ狂う我が家の整理、そして次の旅の準備を並行して。
まだ旅が続き、中継基地の整理が追いつかない…
ついでに断食で体調調整を図る。


1/7記 敵対を恐れず

ブラジルにて
これまで古新聞整理に追われて先送りにしていた古雑誌の整理を少し。
90年代のものもあり。
大半がブラジルの雑誌だが、まれに日本の雑誌も。
そのうちのひとつを長距離バスの切符購入の際に持参。
以下の記事に出会う。
去年、本業がいたく立て込んでいるなか、あの忌々しい問題に立ち向かった理由、その義が新たに理解できた思い。
まだ闘いは続いている。
いや、これからだ、
対立や敵対を恐れずに、立場を鮮明にする
(中略)すなわち、「敵対することによって、彼らが人を抑圧する立場から解放されるように働きかけなさい」ということです。
(中略)ですから、平気で弱い立場のものを抑圧し、搾取し、自分たちだけが富と権力の恩恵を享受できる「仕組み」(社会構造と制度)を守ろうとする人は、隣人を苦しめるだけではなく、自分自身の人としての尊厳をおとしめてもいるということで、自分をも含めたすべての人の敵となっているということでしょう。
 ですから、心配はいりません。私たちは敵対することをおそれなくていいのです。対立も分裂も敵対も、福音のあゆみの過程として、必要であり、大事なことなのです。」
(本田哲郎著「現代を生きるための心がまえ」より)



1/8記 内陸に向かう前に

ブラジルにて
長距離バスで内陸に向かう前に。
在アメリカの野口紘一さんのご許可をいただいて、野口さんの最新の論考を拙サイトに転載させていただいた。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000051/20060108001554.cfm
とりあえず、これまで発表された4回分。
野口さんはご自身の移住体験、拓殖学の研究などをベースに、いくつかの在外日本語MLに精力的に鋭い論考を寄稿しておられる。
NHKの疑惑のドラマが新年にアメリカで放送されたのを機に書かれたもの。
さらに今、公表は差し控えるが、疑惑問題の面白い資料もゲット。
岡村のスタンスは、昨日の項に記した通り。
問題の追及はいよいよこれからである。


1/9記 溝部さん

ブラジルにて
ジェット機だったらサンパウロから成田に到着している時間。
バスの長旅。
溝部さんに再会。
溝部さんはテレビディレクター時代の岡村作品に始まり、これまで5本の岡村作品に登場された方。
最初にお会いしたのは岡村の移住した年。
溝部さんとの交流史は、岡村の移住史でもあるわけだ。
一見、お元気そうだが。
こうした、ケの時にお会いできるのがうれしい。


1/10記 墓地で見た

ブラジルにて
隣町の墓地に向かう。
拙作「郷愁は夢のなかで」の主人公・西佐市さんの墓参。
作品完成の後、いろいろあった。
出自自体がデタラメで無責任なドラマを作っているわけではないから、僕のドキュメンタリーはそれぞれ後日談があって当然。
さて、まがうこともないような印を施した西さんの墓所だが、それが見当たらない。
いったい…
すると、思わぬものを見た。
その背景を調べてみる。
人の、赤の他人に対する、無償の、他の人に評価されるどころか知られるべくもないような善意を見せていただいた。
イエスが唱えたような施しが、実際にある。
その人を訪ねて、ひとこと御礼を言わせていただく。
あな、かしこ。


1/11記 移民及びサンカ

ブラジルにて
「サンカって知ってる?」
僕にサンカのことを教えてくれたのは故・古城泰さんだ。
70年代から80年代に入ろうとしている頃。
日本のナゾの漂泊民・サンカ。
わずかな文献を大学の図書館から引っ張り出してむさぼり読んだ。
学生時代、縄文と山村の研究のフィールドの片手間でサンカについても聞き込みを行なったが、そんな程度でひっかかる相手ではなかった。
さて今回、帰りのバスの長旅でバッグのなかに入っていたサンカ本を揺れる車中、読み耽る。
移民とサンカに思いを馳せる。
「あいつはサンカじゃねえかな」。
かつて元シネマ屋の人が、同僚をそんな風に言っていた。
眼光が鋭い、逃げ足が速いぐらいの理由で、それ以上の根拠はなかったようだ。
土地なし農民たちの指導に当たっていた石丸春治さん。
幼児の時に親に連れられて移住したいわゆる準二世だ。
石丸さんの愛読書を聞いて驚いた。
三角寛のサンカ小説が好きだという。
戦前、移民たちがもたらした大衆小説雑誌がブラジル内でも読み継がれていたのだ。
石丸さんによると、ガラガラヘビを素手で捕らえて食用にする日本人がいたという。
「官製」のミュージアムとその延長上の安手のドラマには納まらないほど、多様な人たちが移民として渡って来ていたことは確かである。
さて戦前移民の人たちのサンカ像が、三角寛の描いた小説の域に留まることは無理もないことだろう。
しかし沖浦和光氏の労作「幻の漂泊民・サンカ」(文春文庫)が三角の描き続けた虚像を崩し、豊富な被差別部落民の研究とフィールドワークをベースに新たなサンカ像を提供してくれた。
それをもとに考え直してみよう。
「移民」及び「サンカ」。


1/12記 バス帰りに

ブラジルにて
往復約50時間のバス旅。
行きは満席で途中の乗り降りも多く、道中の小さな町でも駐停車。
帰りは旧式の車で、空調もままならない。
ヘロヘロ状態で夕刻、サンパウロのバスターミナルへ。
預けてあった荷物を受け取り、地下鉄乗り場に向かおうとする。
同じバスだったらしいブラジル人のあんちゃんが大声でバス会社の職員に聞いている。
「サントスに行くには地下鉄を乗り換えてジャバクアラ駅からバスで…」
「地下鉄の乗り方なんてぜんぜんわからないんだよ!」
ジャバクアラなら、僕の降車駅の先だ。
日本移民や日系人、外国人旅行者ならともかく、ふだんの生活で深くかかわることもないようなタイプのあんちゃん。
他の乗客たちもシカトをこいて先を急いでいる。
僕だってヘロヘロ、早く家族のもとに帰りたい。
もしこんなのにかかわったらまず地下鉄の切符を買うために延々と列に並ばなければならない。
ついでにカネをくれとでも言われたらどうするか。
しかもこちとら参政権もない外国人、これはブラジル人同士で解決すべき問題…
かかわるべきでない理由は、いくらでもある。
地下鉄の駅の方に向かうことにする。
数十メートル歩いて立ち止まり、振り返る。
見たことのない掲示板があり、それを見やるふりをする。
間もなく件の若者がやってきて、別のバス会社の職員に同じことを聞き始めた。
「友よ、俺もジャバクアラの方に行くから、一緒に行くかい?」
この後の展開は省略。
自分のセコさがよくわかる。


1/13記 小正月が来る前に

ブラジルにて
留守中に少なからぬ数のカードが届いている。
ほとんどが日本の友人・知人からのお年玉つき年賀葉書。
消印を見ると、年末ギリギリ。
こちらから漏らしてしまった人には、メルアドのわかる人はメールで失礼する。
わからない人、パソコン文化とは無縁の人にはカードを出す。
こちらの今年分のカードもほとんど底をついた。
日本の若い世代にも郵便による賀状やお年玉つき年賀葉書といった文化が引き継がれているのは、悪くない気がする。
さあ、縄文正月、小正月だ。


1/14記 内陸河川

ブラジルにて
「川はええどォ。やっぱり川が一番じゃ」
(「幻の漂泊民・サンカ」沖浦和光著・文春文庫)

家族で内陸に向かう。
サンパウロ州を貫く大河・チエテ川のクルージング。
日本のような狭い島国にも立派な川の文化があった。
大陸に暮らして川を知らない手はない。
そして南米はアマゾンだけが大河じゃない。
川を往く。
「地獄の黙示録」か、はたまた「アナコンダ」か。
悪くない。


1/15記 異常気象

ブラジルにて
冷夏続きだったサンパウロ、ようやく猛暑の気配。
ひと月以上は遅れた感じ。
猛暑になると、フェイラに刺身用のいい魚が乏しくなる。
そして妻の実家に行くと、薮蚊の襲来。
また蚊取り線香持参を忘れてしまった。
夜は麺類で軽く涼しくいきたい。
日本でのいただき物のきしめんをすする。
「どうして、きしめんっていうの?」
痛いところを家人に突かれる。
さっそく検索すっか。


1/16記 クバードな月曜日

ブラジルにて
今日から妻は仕事始め。
子供たちの休みも「追込み」に。
なかなか身辺が片付かないまま、ヤボ用は増える。
今週は、また旅・・・
さあ、段取り段取り。


1/17記 南米田舎首都

ブラジルにて
月イチの連載の新年第1弾がアップ。
http://www.univer.net/1_nanbei/0601.html
日本の担当から、パラグアイネタで他にも書いてみますか?
と言ってもらうが、ネタはでっち上げられても写真が組めない。
いずれまた、ということで。


1/18記 町で見かけた時

ブラジルにて
いくつかの所用でリベルダーデへ。
ご高齢の日本人一世の知人を久しぶりに見かける。
声をかけると、5分10分じゃ済まないだろう。
次の用足しは銀行だが、もし混んでいたら、その次のアポまでガタガタになる。
まずそっと失礼して銀行へ。
不気味なほど客がいない。
数分で事足りた。
さあご老人にカフェでも、と引き返してみる。
もう見当たらず。
またの機会があるだろうか。


1/19記 はらわた煮ゆ

ブラジルにて
午後、フマニタス到着。
頼まれごとがあり、ダイヤルアップ回線でインターネットをつないでもらう。
ついでに新着メールに気になるものがあり、開けさせてもらう。
はらわたが煮えくり返る。
今回のフマニタス訪問の目的が撮影でなくてよかった。
旅から帰って早々に、自宅でおそらく疲労困憊の状況でこんなメールを見ることがなくてよかった。
そんな岡村の気配を察した佐々木神父が、最近、はらわたが煮えくり返って自動車の運転もできなくなった知人の話をしてくれた。
相手に、自分の傲慢と欺瞞に気づくチャンスは与えてやろう。


1/20記 セバスチャン

ブラジルにて
サン・セバスチャン・ダ・アモレイラ。
桑の木の聖セバスチャン。
「ただいま制作中!」の「あもーる あもれいら」のロケ地アモレイラの正式名称だ。
今日は聖セバスチャンの祭日。
夕方のミサの後、信徒たちが聖セバスチャンの聖像を神輿にして町内を回る。
裸体に矢の刺さる美青年の像。
三島由紀夫は少年時代に聖セバスチャンの像を見て自分の性的嗜好を自覚したという。
聖セバスチャンはゲイの人たちの守護聖人ともされている。
「あもーる あもれいら」は貧しい託児所の子供たちを通して、家庭内暴力、性暴力、麻薬、売春等々さまざまな問題が浮かび上がる作品となろう。
地元の聖人にちなんだ同性愛の問題は見逃していたのに気づく。
それ系の人は登場することになろうが。
もうちょっと取材してみよう。


1/21記 ブラジル人の信用度

ブラジルにて
赤い大地をひたすら走ってサンパウロへ。
600キロ余りの道程、いくつか用足しをしながら。
ケッサクなこともいくつかあり。
ひとつ挙げると。
後から乗用車が追いかけてきて、停車を求めている。
中の上クラスの身だしなみの中年のブラジル人。
2台の車でサンパウロに帰る途中、前の車にサイフ等すべて紛れてしまい、自分の車はタイヤがいかれてしまった。
ガソリンポストで修理中、ジャポネースが走り過ぎるのを見たのでポストの車を借りて追いかけてきた。
ついてはタイヤ修理代68レアイス(4000円弱)を貸してくれないか、という。
こちらも炎天下の運転でヘロヘロ、頭がよく回らない。
しかも困っているかもしれない人を疑うのは辛い。
名前・住所・電話を聞いて70レアイスを貸したが。
もしこの男から連絡がなかったら、それを理由に2度とブラジル人のこの手の要求には応えないようにしよう。


1/22記 サブカル爆発!

ブラジルにて
朝、旅の重さを感ず。
今日まで市内で「アニメドリームズ」というアニメ・マンガの最大級のイベントがある。
連載の方で書かせてもらおうかと思っていたネタ。
昨日、行った妻子によると、確かにすごいらしい。
中年骨に鞭打って、娘をたらし込んで…
すごかった!
日本のサブカルチャーがブラジルのティーンの間で爆発していた。
この感動は、なんなんだ!
類似の感動を思い出そうとする。
台湾山地で、少数民族の異部族同士が日本語で会話をしているのを聞いた時の感動。
いや、彼らにとっての日本語はもとは大日本帝国の植民地政策によるものだ。
マンガとアニメは違う。
アホな文化行政の思惑をはるかに超えて、サブカルチャーがインターネットを通して国境も文化の境界も堰を切ってあふれかえったのだ。
別項でたっぷり書く準備中。


1/23記 「ブラジルに渡ったNHK2005の盗作問題」

ブラジルにて
ここのところ旅続きで遅れてしまったが、「岡村淳アーカイヴス」に紹介させていただいている在アメリカの野口紘一さんの「拓殖学・移民歴史感から見た『ハルとナツ』のドラマ研究」の後編をようやくアップさせていただいた。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000051/20060123001591.cfm
全8回にわたって在外日本人の運営する複数のMLに連載されたもの。
他の追随を許さないユニークなご経歴と博識から、種々の問題を多角的にあぶり出されている。

さらに在日本の音楽家・神代充史さんがご自身のサイト( http://www.geocities.jp/jing_2/ )の日記に先週、以下の文章を発表された。
ご許可をいただいて、転載させていただいた。
神代さんは実際にブラジルの日系社会に滞在され、ご自身も創作活動を行なわれ、さらにNHK関係の方ともお付き合いがあるだけに、鋭く、重い。
2006年1月13日(金)
ブラジルに渡ったNHK2005の盗作問題

昨年10月にNHK80周年記念制作ドラマに「ハルとナツ」という移民ドラマがありました。当初2005年5月の放映を宣伝していましたが、10月に延期になりました。そのタイムラグに少々疑問があったのです。おそらく放映の延期は「盗作」問題だったと思われます。橋田スガコの作脚本となっています。これはNHKの誤算だと思いますが、前年に一般的にはあまり目にしないMXTVという東京都の情報局が映像ジャーナリストの岡村淳氏の「60年目の東京物語 ブラジル移民女性の里帰り」という作品が放送しています。おそらくこれを見た人は少ないと思います。この内容とNHKの大ドラマの内容が類似点が多すぎるということなんです。類似点というよりドラマ構成そのものを先にかっぱらっておいてからブラジルに現地ロケハンをしに行きサンプロのニッケイ(日系新聞社)の地ならしで出来上がったと思われます。もちろん橋田氏はブラジルの地など踏んでいません。NHKの資料だけで作ったわけですから、僕たちから見ると最初から意図した部分はあると思うのです。それは作者が現地で取材していたらこういう作品には少なくともならなかったと思うからです。昨今の耐震偽造問題と良く似たことなんです。昨今の知識人は何か重要な部分をさらっと流して問題に関する対処の方法を安易に見つけてはスルリスルリと網の目をくぐっているような気がしてなりません。岡村淳氏の名言があります。「移民作家はいつまでも黙って祖国の大メディアに素材を提供して、採用のあかつきには何の挨拶がなくても喜々としてありがたがっていればいい存在なのでしょうか」東京のメディアはこのあたりは全く問題にしていないのか緘口令が敷かれているのだろうか・・。岡村氏の作品を通してこの問題をみるとその内容は物を作る人間だったらすぐに分かります。 
要するに「人」か「金」かの問題です。 
NHKの金の問題は昨今急に浮上した問題ですが、構造的な問題が根本にあることは間違いないのです。われらの先輩の元NHK氏は「地に落ちたNHK」といいます。彼らが局に泊り込んで夜通し作っていたドラマつくりの時代を懐かしんで語ります。人間の権力構造というのはどうしようもないものだと思うのです。 
ボクはハルとナツを見てまず最初に思ったのは作者がブラジルの地を踏んでい無いこととキャスティングに絶大な権力を持っていることがすべて繋がっているのです。違和感しか残らなかったことは確かです。 
ブラジルの大地を笑って生き抜いた棄民と呼ばれた移民者の壮絶な感性を演じきれる役者がいるのだろうか・・。要は作者の真剣度の問題だと思うのです。昨今の日本の映画TVドラマの構成段階での稚拙さはいうに及びません。ドキュメンタリーやアニメに勝るはずがないのです。作家や役者がいないのですから。


この場を借りて、転載を快諾してくださった野口紘一さんと神代充史さんに改めて御礼申し上げます。


1/24記 南回帰線上のアリア

ブラジルにて
休みの残り少なくなってきた息子とデート。
お昼はマクドナルドがいいと言う。
イヤハヤ。
こちらのマクド(関西風)には、ひとついいことがある。
トレイに敷かれる期間限定イラスト入り用紙。
ああいう紙、なんていうんだろうね?
これまでの傑作は、ブラジル人の主だった名前の由来の一覧。
サッカーのスラング一覧。
大型トラックに書かれたフレーズの一覧、等々。
ユニークかつ面白く、ためになる感じ。
今日のイラストは、明日が町の創立記念日となるサンパウロの町の名所について。
町の中心に鎮座するカテドラル・ダ・セー。
この巨大なカテドラルは想像上の南回帰線の上に建てられた、と豆知識が書かれている。
南米のカトリック建築が、天文を読み込んでいたとは。
マック(関東風)に学ぶ。


1/25記 アマゾン取村

ブラジルにて
なんだかんだで、ついご無沙汰してしまっていたかつての拙稿の入力作業に着手。
当時はまるで手書きだったので、印刷物から悪文の写経のつもりで。
10年前に発表した文章。
楽しい誤植がある。
拙稿「誤植にショック」でご紹介した「アマゾン取村」はここにあった。
正解は「アマゾン取材」。
それにしても、どうやってこんな字に変換したんだろうね?
もうひとつ、見逃していた誤植があった。
「博物館から待ち出してきた」。
待ち出し、ねえ。
「町田市」と変換されたぞ。
町田の皆さん、ご無沙汰しております。
あ、例の原稿、はい、鋭意準備中であります。


1/26記 スシラスコ

ブラジルにて
異国の友来たる。
拙宅でありあわせの珍味でもてなした後、リベルダーデへ。
最近サンパウロで増えている、寿司など日本食バイキングの店へ。
お造りの魚、見慣れない。
何かと聞くと、タイランド種のティラピアだと。
アフリカ原産・タイ改良のサンパウロ州奥地で養殖された淡水魚。
うまい海魚の手に入るサンパウロで…
「ネギトロ」用には数種の魚を混ぜ合わせてミンチにしている。
お、ガイジンの板さんがタバスコをネギトロに!
ああ祖国の回転寿司がなつかしい。


1/27記 大きな喜び

ブラジルにて
午後、来客を送る。
来客の度に、親しくしているカトリック司祭から聞いた言葉を思い出す。
「お客様をお迎えするのは大きな喜びです。そしてより大きな喜びは、送り出す時です。」


1/28記 異邦初公開

ブラジルにて
中華正月の新イベントでごった返すリベルダーデ。
日系の凋落著しい東洋人街。
制度の凍結が決定した日本ブラジル交流協会の留学研修生の有志が、岡村作品の上映会を開いてくれた。
ぶえのさんの屋根裏シアターにて。
選んでもらった作品は「郷愁は夢のなかで」。
岡村の作風、そしてあり方を決定付けるこの作品、実はブラジルでの公開は今日が始めて。
この作品を契機に拙作をみる人、みせる場所をナマイキにも選ばさせていただいているので。
いい上映の集いだった。
みるべき人たちに、みるべき時にみていただける至福。
畏友・美代賢志さんがお取込み中にもかかわらず来場くださり、さっそくコメントを本日付でアップしてくれている。
http://www.brasilforum.com/
出会いのプロデューサー、南嬢、おめでとう!


1/29記 「大西洋の壁」

ブラジルにて
あの星野智幸さんが管理・運営してくださっている「岡村淳 ブラジルの落書き」に新作をアップしていただいた。
http://www.hoshinot.jp/okamura/jangada.html
例によって「言ってしまえばよかったのに日記」 http://www.hoshinot.jp/diary.html
2006年1月28日付でコメントもちょうだいしている。
星野さんの触れている台湾・蘭嶼島のタオ(当時、民族学関係ではヤミと呼んでいた)の人たちのところには、不肖岡村も学生時代に民族学ごっこをしに行っていたのも奇遇。
「ブラジルの落書き」アップが遅れたのは、ひとえに岡村の問題。
先回のアップの後、NHKスタッフによる橋本梧郎先生の資料横領問題の告発を始め、その後はNHKが黙殺し続ける「ハルとナツ」パクリ疑惑が表面化して、いまだに闘いを余儀なくされている。
NHKのでたらめぶりは、思わぬところにも影響を与えている。


1/30記 小さな死

ブラジルにて
オルガスムとは「小さな死」を意味するという。
今日から子どもたちの学校がそれぞれ始まる。
新学期の始まりに、いつも字義通りの小さな死を感じている。
イヤだ、めんどくさい、と思いつつ、それに備えていく。
そして案ずるより「死ぬ」が易し。
親が過分に心配するほどのこともなく、子どもたちは新たな日常に適応していく。
こんな小さな死の体験を重ねつつ、大きな死に備えることになるのか。


1/31記 断食断念

ブラジルにて
今日は体調調節のため、断食をするつもりだった。
昼前に電話。
異国に暮らす友が、サンパウロに来たという。
明日までの滞在、ぜひ、とのことで断食断念。
先週はポルトガルから友来たる。
今日は在アルゼンチンの友人夫妻と会食。
ありがたいこと。


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