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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2020年の日記  (最終更新日 : 2021/01/01)
9月の日記 総集編 グラフィティ健康法 [画像を表示]

9月の日記 総集編 グラフィティ健康法 (2020/09/01) 9月1日(火)の記 吐瀉日記
ブラジルにて


そうか、嘔吐は排泄行為ではないのだな。
うーむ、いろいろ調べて「吐瀉」だと嘔吐と下痢を合わせ含めると知る。
こういうのが苦手の方は、今日はパスしていただきたい。

9月1日。
関東大震災が生じ、東京を中心に朝鮮人の虐殺がはじまることになる。
そしてブラジルの移民小説家・松井太郎さんのお命日だ。
あれから4年。

遺族の依頼を受けて蔵書の見分にうかがい、通っているうちに研究者の松井太郎作品リストにない短編の原稿を発見した。
すでに入力済みで、関係者たちに送って照会中。
追って拙ウエブサイトの松井太郎さんのページでご紹介したい。

さていつまで続くか日毎のグラフィティのスナップ撮り。
今日はやや遠方に買い物の用事をつくり、向かいながら未踏のルートをとることにした。
気配がある。
廃品回収のリヤカー、崖、遠方にたむろするストリート系の人々。

食傷気味の暗号文字系のほかに、銭湯画サイズのものもあるではないか。
歩留まりでスナップ。
さらに歩き込む。
おお、これはすごい。

一面が様々に塗りつくされた壁面。
そのなかの扉の部分に。
黒地が塗られて、そのうえに赤で描かれている。
https://www.instagram.com/p/CEmaMfygHtv/

立位の女性らしい人物が嘔吐をしている。
そして吐瀉物は、ハートの形の集積をなしている!

そもそも吐瀉行為がアートとして描かれたことはあるのだろうか?

帰宅後、調べると、なんと嘔吐画家という女性が存在することを知る。
彼女はレディ・ガガとも共演して物議を「かもした」ようだ。
嘔吐画のライブペインティングの動画まである。
色付きの液体を飲み込み、キャンバスの上に吐きつけていくのだ。
あのニオイが伝わってきそうだ。

嘔吐行為を画像化したものの一覧サイトもある。
しかし僕が今日、出会ったような、吐瀉物をハートに昇華させるような錬金術的イメージは見当たらない。

あの、嘔吐物のニオイ。
先日、酒粕に漬けておいて「腐った」チーズを食べて久しぶりに嘔吐してしまったことを書いた。
そもそも発酵と嘔吐にはニオイ以外にも通じるものがあるのではないか。

いろいろ検索。
発酵のプロセスで食品中に嘔吐毒素が発生することもある、といった記載あり。
もっとありそうだが…

ほう、奄美には米にサツマイモを加えて発酵させた「ミキ」という飲料があるのを知る。
これは琉球王朝時代にさかのぼるようで、もとは乙女たちが「かもして」いたようだ。
ずばり、お神酒(みき)ではないか。
口内ミキサー。

とりあえずこのへんで。


9月2日(水)の記 クラッシュ2
ブラジルにて


8月半ばにDVD-Rから消えてしまった写真700枚近くのデータ。
傷モノになったがほぼ別のDVDに復元終了、という段階で。
またそっくり消えてしまった。

先回同様、原因がわからない。
ネットでいろいろ検索してみるが、同様の事態が見つからないのだ。
直前に、さる日本の神がかり系の知人の活動の動画を見て「しょうもねえな…」と思ったのが祟ったのか。

無い知恵で原因を考える。
DVD-Rに容量いっぱいまでデータを入れていくと、一気に消えてしまうのか?
それでは恐ろしすぎる。
「トラックアットワンス」というコピーを繰り返すとデータが消失する、という記載があり、そんな関係だろうか。

そもそも外付けHDDに写真データを移そうと思っていた。
が、検索してみるとDVDの方がより長期の保存に適している、とのことでDVDを選んだのだ。

さあどうしよう。
先回、オンライン買いしたソフトでまたデータを復元して、今度は外付けHDDに移してみるか。
先回の試行錯誤体験があるので、今度はサクサクといく。
いわば「ディスクアットワンス」にあたるような方法を取ってみる。

復元データのノイズ、ないしドロップアウトはあらためて復元すれば現れないかなと思ったが、同じキズが生じることはわかったぞ。


9月3日(木)の記 松井さん星野さん
ブラジルにて


できればお命日の9月1日に合わせて拙ウエブサイトにアップをと考えていた。
ブラジルの日本人小説家、故・松井太郎さんのお宅で発見した短編作品の原稿。
西暦2010年に日本で細川周平さんと西成彦さんが編んで松籟社から刊行した『松井太郎小説選 うつろ舟』収録の松井太郎作品一覧にもない作品だ。

松井さんは晩年、「少し手を入れれば発表できんでもないのがいくつかある」とおっしゃっていた。
その原稿は日本式の400字詰め原稿用紙にカーボンコピーを取ったものだ。
作品リストにはないが、ブラジルの日本語文芸誌等に寄稿した可能性がある。
日本語文芸誌の代表の方と事務局に照会のメールを送ったが、今のところ返しはない。

さてどうしたものかと考えて、格好の知人がいたのを思い出した。
メールで問い合わせると、さっそく調べてくれた。
僕が松井さんとお付き合いを始めたのは西暦2008年のことだが、その直前にブラジル発行の日本語文芸誌に掲載されているという。
しかも僕が入力済みのものより、数行多く書き足しがあるとのこと。
松井さんはカーボンコピーを取った後にさらに書き加えて寄稿していたとは。

「あれはあんたの方では出さんでください」
という松井さんの声が聞こえてくるようだ。
僕は研究者ではない。
僕でしかしようのない、松井さんの代表作『うつろ舟』についていろいろうかがった対話映像をこそまとめねば。
すでにまとめたこの映像より以前の撮影だ。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000044/20150527010990.cfm?j=1

この作品も松井さんの全発言に日本語字幕を施したので、なかなかの作業となった。
そしてもうひとつ、松井さんに関して課題がある。
それはこちらのコロナ禍が少し落ち着くのを待たねば。

とりあえず目先の写真整理を手掛けて、またしてもクラッシュ…。

日本の思わぬ方から思わぬメールをいただいた。
本日付の日本経済新聞夕刊の星野智幸さんの連載が岡村について書いているとのこと。
それはやはり気になる。

そうか、日経電子版の無料会員という手があったか。
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO63378320T00C20A9BE0P00/?fbclid=IwAR2ydiCbxQKP8NzEmfNqabVdN45P62y56asNRkjekx-AM5dAtzsWzzDOHrQ

うう。
星野さんに恥をかかせないよう、星野さんの描いたオカムラ像の「ふり」を少しでもしないと…
と思いつつ、そういうのも僕のガラではなさそう。
思えば「ライブ上映」という言葉を紡いでくれたのも星野さんだ。

ここに描かれているのはCOVID-19流行前の岡村のスタイルだ。
新型コロナ蔓延を経て、そのやり方でどうするのか。
そうした星野さんの原稿用紙の外側からの問いに応じなければ。


9月4日(金)の記 カレーの掟
ブラジルにて


冷凍庫に中途半端な量の豚肉の塊がふたつある。
カレーをつくるか。

家族はそれぞれカレーへの注文が多い。
・辛いのはダメ
・トロトロでないとNG
・肉、ジャガイモ、玉ネギ以外の「異物」をいれちゃダメ
・福神漬けがあること
・日本製のルーをつかうこと
ざっと、こんなところか。

家族の作った日本製のルー使用カレーはたっぷりの玉ネギをバターでキツネ色まで炒めて、というのとは距離がある。
隠し味も乏しく、味の広がりが乏しい。
自分で作りたい。

本業の方は行き詰まり、午後3時ぐらいから準備。
この時間からジャガイモを煮ると、まことにトロトロになった。

日本の地方での上映に来てくれたカレー作りに打ち込む人から「カシューナッツは必須」と承っていた。
その後もつい、カシューナッツを失念していた。
カシューナッツの原産国でありながら。
さあ今日は買ったぞ。
原産国でも買い控えたくなるお値段。

久しく使っていなかった擂り鉢を引っ張り出す。
ごりごりとカシューナッツをつぶしながら、そもそもどのように用いるかを調べていなかったのに気づく。

ネットで検索すると…
え、水につけておいたカシューナッツをミキサーでペースト状にするのか!
もっと安易なレシピはないか…
観念して、まずは擂り鉢に水を注ぐ。

家族にはナイショでオカラも入れちゃおう。
オカラとカレーについては以前、調べたことがある。

日本製のルー半分と、今回、新たに見つけたメーカーのブラジル製ルーを溶かして。
カレー粉からオイスターソース、ナンプラー、ケチャップ、春ウコンの粉、ニンニクしょうが、青ネギにパセリにローリエに醤油に赤ワイン白ワインウスターソース、自家製ヨーグルト、マンゴー果肉等々、数々の隠し味を投入。

いやはやトロトロになった。
僕にはちと辛みが乏しいが。
まろやかすぎるくらい。

家族それぞれに好評だったが…
カシューナッツを投入していたことは忘れていた。
今日のまろやかさはカシュー効果か、オカラ効果か。


9月5日(土)の記 バカにならないカバー
ブラジルにて


本でも読むか。

昨年、訪日時に地方のお気に入りのお店で買ったブックカバーがある。
蝋紙製で、使うほどに味が出るという。
文庫サイズのもので、文庫本2冊ぐらいの値段だったが買ってみた。

ところが。
一冊にかけてみたところで、かなりボロボロになった。
すでに、味が出すぎた感あり。
しかも折り目の部分は破れてきて、セロテープで補強。
二冊目にかけてみたが…

そもそも縦は文庫本きっちりのサイズで、折り返しがない。
本体からはがれがちで、クリップで補強。
それでも具合が悪い。

さすがに外すことにする。
文庫本は手持ちで読むことが多く、本体が手の脂で汚れてしまう。
やはりカバーが欲しい。
けっきょく日本の書店でくれる紙カバーを再利用。

近年、日本で最も新刊書を買っているのはおそらく成田空港の改造社書店だろう。
消費税を取られないのもありがたい。
ここでも「カバーをおかけしますか」を聞かれるが、すぐ読むわけでもないので袋をもらっていた。

今度からはカバーをかけてもらおう。
今度があれば。


9月6日(日)の記 サンパウロの招かれざる客
ブラジルにて


旅行者ではなく、サンパウロで生活を続けていて覚えるポルトガル語の単語にクッピンがあるだろう。
シュラスコ好きなら日本住まいの方でも牛肉の部位のクッピン:セブ牛の背のコブ という単語に親しんでいるだろうが、嫌われ者の方のクッピン:シロアリのことである。

調べてみると先住民由来の言葉で、ポルトガルでクッピンといっても通じないようだ。
日本でもシロアリの語は使われても、実物を見ている人は多くはないだろう。
これは温帯と熱帯・亜熱帯のシロアリの形態と生態の違いによるといってもよさそうだが、とりあえず端折ろう。

南半球の亜熱帯にあるサンパウロが春、そして雨季のはじまりを告げる兆しがクッピンことシロアリの結婚飛行だ。
地中から羽化したシロアリがまさしく無数に舞い上がり、夕暮れの灯火に群がってくるのだ。

ただ住宅に飛び込んでくるならともかく、交尾を済ませて羽を落とした雌シロアリが床に潜り込んで営巣し、女王として産卵を始めるとなると家屋を根底からむしばんでいくことになる。

ありがたいことに照明に群がって飛び交う羽シロアリは金属製のボール、あるいはプラスチック製のボールにアルミホイルを入れて水を張ってかざすと、ほぼ確実に水面に落ちてくれるのだ。
日本人の駐在員の夫人に、掃除機で吸い取る人もいると聞く。

この結婚飛行の直後に降雨があるのが普通で、例年では9月7日の独立記念日ごろに始まり、せいぜい1、2回がサンパウロ市南部の住宅地のわが家あたりの歳時記かな。

今年はもう半月ぐらい前からはじまり、今宵で4度目だ。
初回は追って降雨を見たが、その後はお湿りもない。

シロアリの羽音に耳を傾けないと。


9月7日(月)の記 インデペンデントデー
ブラジルにて


今日はブラジルの独立記念日で祭日。
週末から3連休だったわけだ。
サンパウロ州ではコロナウイルス蔓延による外出規制が延長されているものの、海岸方面にどどっと人が動いたようだ。
テレビニュースの映像はいかにもそういった映像を現場で撮って流しているが、これは演出はあってもフェイクではなかろう。
海岸地帯でマスク着用者は映像で見る限りまれで、しかも密集。

昨日に続き、今日も一族の用事で市内を運転。
午後から行楽地帰りのクルマでの渋滞が予想されるから、早めに…
それでも道中、2か所の橋で工事による車線制限があり、渋滞。
しかも平日にはまれな異常な運転をするのがいるので、油断ならない。

夜のテレビニュースをチェック。
コロナの総感染者数でインドがブラジルを抜いたという。
だがインドの人口はブラジルの約5倍。
コロナの死者数はブラジルの方が倍近く多い。

とはいえ、ブラジルの日毎の死者、感染者数は推移から見て下降の傾向がみられるようだ。
テーブルマウンテンの頂上のような、平坦なピークが数か月、続いたが…
登山は下りの方でより気をつけろという。

ここでびしっと閉めないと、元も子もないぞ。
今日はまずは一日断食。
明日も続けよう。


9月8日(火)の記 移民街道を超えて
ブラジルにて


断食、二日目。
いわばスランプ状態が続く。

下の街道沿いにある大型青果店まで、グラフィティ採集を兼ねて(こちらの方が主か)くだる。
うーむ、心あたりのグラフィティは日当たりが面白くないし、掘り出し物もない。
さすがにこの先までは歩かないだろうと思っていた、サントスと結ぶ「移民街道」を超える。
この街道は河川のルートに合わせて築かれている。
そのため、それを突っ切ると、上りが続く。

坂道を縫って歩く。
意外にグラフィティの出物がない。
いくつか歩留まりに目をつけておいて…
高圧送電線下でこれを見つける。
これにしておくか。
https://www.instagram.com/p/CE4M4JXARiR/

高圧送電線下の壁はグラフィティの穴場。
ところでこの象形文字、昨日、スナップしたものと似ている。
https://www.instagram.com/p/CE2QwDVAGvg/
同一作家かもしれない。
昨日はクルマでの帰路、その前に目を付けておいたもの。
ここから3キロぐらいは離れているかも。

青果店ではそこそこ買い込んでしまう。
10キロまではいかないか。
それでもこれを担いで坂を上るのは、軽い罰ゲームだ。

最近、動画類は最低限しか見ていなかった。
午後、思い切って…
ランズマンの『ソビブル、1943年10月14日午後4時』のDVDを見よう。
いかにも重そうで、敬遠していたが。

大作『SHOAH ショア』の後半で紹介されたナチスの絶滅収容所での武装蜂起に参加して生き延びることができたイェフダ・レルネルさんのインタビュー。
証言は西暦1979年に撮影されて、西暦2000年に関連の場所などの追加撮影をして構成したようだ。
見ていくと、ランズマンがこうしたタイトルをかぶせたこだわりがうかがえる。

これは貴重だ、これは公にして残すべきだという思いがあれば、20年以上、かかってもいい。
こだわり、実行することだ。
巨匠から改めて教えてもらう。


9月9日(水)の記 なまごみかほる
ブラジルにて


アパートのなかで玄関に近い居間にいると、生ゴミのニオイがする。
清掃のおじさんが各階のゴミ置きスペースからゴミを回収しているのだろう。
わが家の台所のゴミ容器からも時折り同じ匂いがする。

ヒトの五感の記憶のなかで、においに関しての記憶がいちばん強いと聞いたことがある。
僕もこのニオイをかぐと、まず日本のゴミ清掃車を思い出す。
ついで少年時代のわが家の台所の光景。

そうか、日本とブラジルの生ゴミのニオイは変わらないのかな。
微生物の作用だろうが、それが変わらないのだろうか。

検索してみると、生ゴミのニオイ対策とそれが商売に結び付いているウエブサイトばかりで、いったいこのニオイはなんなのかについての記載がなかなか見当たらない。

いずれにしろ、生ゴミは水分が多く、密閉した場所に置くので嫌気性微生物が増殖しやすいといった理屈はわかってきた。
ほう、臭いの成分はメタンチオール:メチルメルカプタンという物質らしい。
口臭やオナラの不快臭もこの物質のせいらしい。
製紙工場付近の悪臭も、これに由来するようだ。
ほほう、それでいてこの物質はある種のチーズの香り付けに微量だが用いられている由。
都市ガスなどに使われるニオイ物質もこれの類のようだ。

いずれにしろ生ゴミのニオイ対策で、身近なものとしてはお茶っ葉や新聞紙が有効のようだ。
茶殻は油汚れなどの洗い物に使っているので、新聞紙を活用しよう。

と、日本のニュースで田中真紀子さんが菅首相候補を「安倍家の生ゴミのふた」と称したとか。
うまい。
生ゴミ、といえばあの臭気が想起されるのも面白い。

日本でも新聞がしっかりはたらいていれば、あの国外にも漏れてくる臭気は防げていたかもしれない。


9月10日(木)の記 邦字紙の底力
ブラジルにて


昨日は生ゴミのニオイ対策で、さっそく台所のゴミ容器に新聞紙をちぎって入れておいた。

あら不思議、一晩が経ってもニオイ問題を忘れてしまうほど。
つまり気になるほどの臭いがしないのである。
サンパウロは暦の上では冬だが、日中、特に屋外では30度以上になっている。
軽く燻製してあるチーズを一晩、常温に放置していてカビの発生を見るほど。

日本の友人にならって葉野菜類を特に冷蔵庫に保存するとき、新聞紙にくるむようにしていた。
イキと持ちが違ってくる。
ところがブラジルの新聞はきょう日はどのページもカラーページで、野菜にカラーインクが付着してしまうことがある。
水洗いで落ちているようだが、化学物質だろうし、どうも落ち着かない。

そこで出番が当地の日本語新聞だ。
カラーページは皇室がどうしたの、なんとか教の教祖来たるといった特集号などに使われるが、日常は黒一色だ。
そもそも紙質が普通のポルトガル語の新聞と比べると、わら半紙とコピー用紙とまではいかないものの、明らかな差がある。
吸水には邦字紙の方が格好である。

さっそくチェックの終わった邦字紙をハサミで四つ切りに。
生ゴミを容器に出すごとに添えてみよう。

思えば…
半世紀以上になるか。
身近にもトイレの紙は新聞紙、というお宅があった。
その場合、紙面のインクの効果はプラスかマイナスか、あるいは無視していいレベルだったのか。

さて、当地の邦字紙。
古いのをチェックしていて、どうも記事の内容と日付が、僕が漠然ととらている時間軸と合わない。
こっちの間違いだと思ってよく見てみると、なんと新聞の方の日付の年が3年ほどずれているではないか。
さすがに祖国の新聞は、堕ちたといわれても日付までは間違えていることは少ないかと思う。

紙面でなくて、紙質で勝負か。
生ゴミのニオイ対策で威力を発揮してくれそうだ。
その記事内容については、いずれの機会に。


9月11日(金)の記 穴の混同
ブラジルにて


そろそろサンパウロと東京の逆転が始まった。
気温である。
16時の段階でサンパウロ市は摂氏32度、わが郷土の東京目黒で24度とな。
サンパウロは屋内はひんやりだが、屋外は春を飛び越して夏の気配だ。

度肝を抜かれた本、『穴考 穴からうまれて穴に還る』(高木護著、未来社)を読了。
愛しの流浪堂さんで購入。
タイトルも出版社名もサイズも紛らわしく、僕は『穴の考古学』(学生社)と混同していたようだ。

『穴考』の方も日本の横穴古墳や鎌倉時代のヤグラなどの考古民俗歴史学的なエッセイかなと思いきや…
まことに強烈な世界だった。

つげ義春さんの世界に近い、作者の体験談である。
つげさんの場合は体験をもとにした想像と創作だと明かしているが、高木さんの場合は変化球なしの直球と見た。
そして、つげさんの世界がフツーの日常に思えるほどのスゴイ世界の、おそらく実録がつづられている。
なかでも「穴っぽんの聖人たち」は白眉だった。

著者の高木護さんのこのプロフィールだけでも相当に強烈だ。
http://maruisora.wpblog.jp/t-mamooru/?fbclid=IwAR1ZZz3oOwI6g1qJa0oAc8DITMf5_zIBcCyXGFV0RswxUn6UPzDKIFE8lvI

さらに検索していて、昨年10月に亡くなられたことを知る。
穴に還られたばかりだった。


9月12日(土)の記 生きてゐるグラフィティ
ブラジルにて


まだよく考えていないが、グラフィティは粘菌に似ている気がする。
子実体の時期と変形体の時期の繰り返し。

クルマでサンパウロの親族を訪ねる際の帰路に、忽然と現れた宇宙大怪獣ドゴラのようなグラフィティ。
https://www.instagram.com/p/CE6uDADAWs-/

このままでも面白いが「作画途中」とある。
いったいどんな変化を遂げるのか。
いらい、日毎に歩いて通ってみるが、変化なし。

今日で三日目だ。
変わらず。
三日も続けて通えば、とりあえずいいだろう。
その他のグラフィティを探す。

このあたりは路上生活者とファヴェーラ(スラム街)の領域近くで、ときに軍事警察が乗り込んでくることもある。
場所柄、こちらの方が不審者なので要注意だ。

歩きでは初めての道を縫っていき…
おやおや、これは。
長い壁面にかなりのヴァラエティのグラフィティがあったようだが、白ペンキで上塗りされている。
その上に、暗号風の記載。
https://www.instagram.com/p/CFCkEU2gNTX/
あらたに描かれたものも「つるさんまるまるむし」の文字人面画みたいな味わいがある。

インスタグラムでは「おすすめ」として世界各地のグラフィティ関係が送られてくるようになった。
とくに食指が動くものをフォローしていくと、そればっかりになってきた。

ブラジルのみならず、特に欧米の最前線のグラフィティの画像が巣ごもりしながら享受できる。
この分野ではとりあえず日本は存在感なし。


9月13日(日)の記 カツオ到来
ブラジルにて


夏の陽気のサンパウロの日曜日。
午前中、路上市へ。
さて、きょうのおさかなは。

カツオをすすめられる。
計ってもらうと、2キロ。
邦貨にして650円ぐらいか。
マグロの半額以下。

カツオはポルトガル語だと、ボニートと呼ばれる。
英語でもボニートとも呼ばれるようだ。
ポ語の「きれい」という形容詞と同じ言葉でもある。

寄生虫が気になるが、買うか。
実際にこちらで海魚の寄生虫にやられて、という話を直接には聞いたことがない。

タタキか。
うーん、めんどくさい。
あぶってから氷で冷やすのはいいが、魚焼き器にへばりついたり、身が崩れたり。

夕餉にカツオで三品、揃えた。
まずはバルザミコ酢でのカルパチオ。
玉ネギスライス、青ピーマンと赤パプリカ、パセリに青唐辛子、オリーブオイルで。
もう一品、タタキふうにして玉ネギスライスに青ネギ、甘口醤油をかけてからオロシニンニクを塗り、さらにポン酢を注いで。
さらにもう一品、刺身が苦手な家族のためにガーリックステーキ、醤油味。

いずれも結構なお味。
アラはショウガで煮るか。

調べてみると、カツオの寄生虫はさして恐れることもなかったようだ。


9月14日(月)の記 そろそろと試運転
ブラジルにて


陽がちびちびと長くなってきた。
さあ月曜だ。
僕は一日断食。

さて、データ移行作業からいつまでも逃げているわけにもいかない。
まずはHDDに移した復元写真データのチェック。

またいつ消えてしまうともしれないので、DVD-Rに移していた写真データをHDDに移してみる。
思ったよりスムースにいった。

スマホに残っているものと照合して、もらしているものを再コピー、済んだものを消去していく。
さあ動画の編集もたまっているぞ。

午後は所用で運転。
工事による渋滞箇所が複数。
平日の運転は特に疲れる。
途中で目をつけておいたグラフィティのスナップ撮り。
駐車禁止地帯なので、あわただしく。
パトカーでも通ると、めんどくさい。
https://www.instagram.com/p/CFIOcQpAKKJ/

「作画途中」のグラフィティの前も通るが、変化なし。
週末でも描き足しがないとすると…
「作画途中」とあえて書いてあるのも確信犯かもしれない。

今日は食事当番から外れ、ゆっくりさせてもらうが…
昼に、昨日のカツオの残りとアラを醤油とショウガで煮付けておく。
好評。


9月15日(水)の記 彼女が写本をするとき
ブラジルにて


最初にお会いしたのは一昨年はじめの学芸大学・流浪堂さん主催の拙作ライブ上映会、と記憶する。
懇親会にも出たいけど、終電が…とおっしゃる。
お住まいの地名を聞いて驚いた。
よくぞいらしていただけた。

えつこさんの行動力は目を見張る。
家業や育児で取り込むなか、地元の友人とともに地元で拙作の上映会を開いてくれた。
今度は僕の方が終電の心配をすることになったが、その後は会場で雑魚寝オッケーの上映会まで企画してくれた。

Etsuko拙著.jpg
えつこさんが上映ののちに書いてくれる拙作のレビューに息を呑んだ。
僕自身が気づいていなかった鋭く深い指摘。
それがご自身のあゆみ、体験、思想とともに編まれている。
なによりも、読むひとのこころにあるあたたかいものを引き出して、希望のひかりを灯してくれる。

読んだ人がその作品をみたくなる。
理想のレビューだ。

彼女のこのブログの2018年の部でいくつかのマスターピースを見ることができる。
https://ashigarakenpou.wordpress.com/

えつこさんは文章に加えて、拙作のイメージ画まで描いてくれた。
線がしっかりしていて、あたたかい。
こうしたレビューと絵を生み出していただけるのは、作者としてぜいたく至福の思いだ。

子育ても家業も地元での活動も、ますますたいへんになるだろう。
それに僕ごときをはるかにしのぐ人と作品を見つけていってくれるにちがいない。
そもそも僕自身が次の訪日の見通しもつかなくなってしまった。

と。
フェイスブックで拙著についてのレビューをあらたにアップしてくれたではないか。
メッセージのやり取りで、軽口めかして絵も描いていただけたら、と書いてみた。
すると!

程なくして、絵をかいてみたとの知らせ。
なんと!
拙著そのものを写本するとは!!

拙著の装丁は故・松井太郎さんの『うつろ舟』で驚きの仕事をされた在日本の西田優子さんにお願いしたもの。
拙著で、さらにすばらしい仕事をしてくれた。
えつこさんも拙著のカバーの文字、そして絵に衝撃を受けたとのこと。

経済的な見返りや賞与には縁がなかったが、こうした無償のお宝をいただけるありがたさ、あなかしこ、である。

http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000051/20200915015556.cfm?j=1


9月16日(水)の記 禁域探検
ブラジルにて


密林のなかをひとり踏査して、樹木に覆われた思わぬ石造遺跡を発見した思いはかくや。

今日は水曜のオルガニック野菜市がある。
それに合わせて、近くの「制作途中」のグラフィティがどうなっているか見てみよう。
https://www.instagram.com/p/CE6uDADAWs-/
この写真を撮ってから、ちょうど一週間。

あ。
左側に、金系の色で顔面デッサン風の線が描き込まれている。
壁面に直射日光の当たる時間帯だが、街路樹の枝の影が差して見づらい。
写真を撮ってみるが、野菜市の客目当てとみられる路上系の人たちが複数、視界に入る。
全貌をおさえるには車道に出ざるを得ず、両方向から、そして右折左折の車が錯綜して、複合リスク。

これはもう少し制作が進むのを待つとしよう。
ほかのグラフィティを探すか。
存在も知らなかった道を阿弥陀籤のように歩いてみるが、ない…

とりあえず、オルガニック市で買い物をして。
近くのグラフィティは確実にあるが、「気」がヤバい一角へ。
路上生活者の居住空間だろう。
昼前の今は、とりあえず人影は見当たらない。

アヴェニーダに交差する、暗渠らしい小径の入り口だ。
https://www.instagram.com/p/CFNEmEDBelz/
路上生活者の生活用具らしいものが散見。

暗渠の小径は奥が見渡せないほど続き、手前は日陰になっている。
両側にグラフィティ。
…行ってみるか。

日本の都市部の暗渠の道も、安全とはいいがたい環境が少なくない。
だが、現在のブラジルのコロナ感染死者が日本の100倍!であるように…
暗渠での遭難のリスクも100倍、あるいはそれ以上ありそうだ。
日本なら暗渠を探索して、せいぜい痴漢か下着ドロの嫌疑で警察に通報されるぐらいだろう。
こちらでは物盗りに襲われて、殺される危険もある。

まず普通の市民が立ち入る空間ではない。
入ったのがバカ、わるい、ということになろう。

暗渠の下の下水道からの湿気と臭気、そして糞便のニオイ。
両側の壁は続くが、交差している道がなく、逃げ場がない。
時折り、壁に閉じられた勝手口。
いつ、誰が飛び出してくるか。

両側にはグラフィティの逸品がいくつも。
画面からシダが生えているのがあるくらいで、あまり最近のものではないだろう。
すごい。
戻れ、戻れ、という自分と、先を極めろ、という自分。
この地区はグラフィティ探しである程度、歩いているので、先に少し心当たりがある。

やはり。
暗渠の先は、鉄策で閉じられていた。
いま、来た方から何者かがやってきたら、逃げ場がないのだ。
叫び声を聞く人もいないだろう。

それにしても。
サンパウロでは観光名所化したグラフィティ地区もある。
ところが、ここは隠れ、立ち入り者を拒む環境だ。
しかし、アートの逸品絶品。
もったいなさすぎ。

ヨーロッパの洞窟遺跡、密林の廃墟の神殿を発見した思いもかくや。
アマゾン流域周辺で仲間と岩絵遺跡を発見した遠い記憶がよみがえる。
いまは、ひとりだ。

興奮しつつ、人影も見ず、出口到着。
助かったか。

ここを見つけて入ったことは、まだ家族にも言っていない。
連れ合いと娘に怒られそうだから。

もし僕が近日中に消息を絶ったら、上に紹介した矢印と幻覚状態風の顔面画のある廃ガソリンスタンドの脇の暗渠の小径を思い出してほしい。
なにか手掛かりがあるかも。

血文字で、日本語で壁にさいごに何をかこうか。


9月17日(木)の記 MSTとアマビエ
ブラジルにて


サンパウロ市内にあるMST(土地を持たない農村労働者運動体)の購買部に行ってみることにした。
わが家からだと地下鉄を乗り継いで、さらに歩くことになる。
存在は知っていたが、恥ずかしながら行ったことはなかった。

メトロの駅からあがると、わが家の地区とは別の国に来たような雑然とした雰囲気。
目前に「大ミミズ」と呼ばれる高架の高速道路が横切っている。
これの橋桁はグラフィティの逸品が多いが、路上生活者の居住空間でもある。

とにかく路上生活者が多いが、存在がすでに町の一部となっている感あり。
グラフィティを物色しながら、MSTの購買部を目指す。
おお、あった。

日本の小学校のプールぐらいの広さだが、コロナ対策で密を避けるため、入場は三人のみとのこと。
スタッフの方が多い。
すでに数人待ち。

15分ぐらい待ったかな。
ネットで、一人あたりの買いもの時間が長い…とあったが、まさに。
あとの人もいるので、書籍等のチェックは割愛。
食糧品はオルガニックが基本だが、野菜果物は見合わせるか。

コメ、コーヒーを中心に。
家族農業でつくった有機ワインというのも買ってみる。
うーむ、いい値段になったぞ。

駅までの帰路は道を変えてみる。
ビンゴ!
ブラジルでアマビエ発見!
https://www.instagram.com/p/CFPhIXCAnWW/


9月18日(金)の記 おうちでコリアン
ブラジルにて


冷凍食品店で、1キロちょっとの牛肉の塊を買ってきた。
こちらの肉屋で普通にスライスしてくれる肉は一般日本人には用途にもよるが、ちと厚すぎる。

コリアン風焼肉にしよう。
思うところもある。
タレは自分でこさえて、そこそこ解凍してスライスした肉をさっそく漬け込む。

さて副食は。
モヤシとニラのナムルは数日前につくったな。
冷蔵庫にあるオカラも早めに調理しないと。

ふむ。
ウエブで「オカラ」「韓国風」で検索。
あるある。
何種類ものレシピ。
豚肉と白菜キムチ使用のものにするか。
白菜キムチは自家製のものあり。

冷蔵庫のレタスも早く使った方がいい。
サンチュという手があったな。

家族でおいしく夕餉をいただく。
それにしてもレタスとコリアン風の焼肉というのはよく合うな。
わが晩酌は国産ウオッカにキンカンのスライス入れで。

東洋人街のコリアン系食材店で瓶入りのマッカリがあった。
あれを買っておこう。

ブラジルの日系社会に祖国から持ち込まれたものの劣化コピーは少なくない。
嫌韓意識もそのひとつ。
数年前にはネット上でいいオヤジどもが「征韓論」を展開していた。

ささやかだが食文化で拮抗しよう。


9月19日(土)の記 パウリスタゆかば
ブラジルにて


パウリスタ地区にある大型書店で特売をしているという。
以前もここの特売ではソコソコ買ってしまった。

今日、午前中にのぞいてみることにする。
思えばコロナウイルスによる外出制限が始まって以来、パウリスタ地区に立ち入っていない。
グラフィティ採集者の眼で訪ねていないわけだ。

メトロの駅から上がると…
ふむ、ざっと見渡してグラフィティは目に入らない。
本屋より先にグラフィティ探しに脇道に入る。
お。
土曜のため、閉じている郵便局の外付けポストにこんなグラフィティが。
https://www.instagram.com/p/CFVTuNIgBOU/

書店では3冊だが合わせるとけっこう重い量を買ってしまった。
いずれもアート・写真系。
書店内にあるカフェで戦利品をひもといてみたいところ。
さして混み合っていないが、ガラガラでもない。
仮にもコロナ規制下である。
やめておくか。

ちなみに、ブラジルでは西暦1946年以来、書籍は無税とのこと。
ところが最近、書籍にも課税しようという動きがあるようだ。
出版業界を苦しめようとする日本の最近の問題とリンクしそうだ。
が、いずれにしろベースはブラジルの方が上だな。

ひと駅ほど歩いてみる。
食指の動く、なかなか洗練されたグラフィティが少なくない。

パライゾ駅まで歩くが、いろいろな思ひでぽろぽろ。


9月20日(日)の記 目黒慰廃園の記憶
ブラジルにて


9月20日、彼岸の入り。
サンパウロは春分を迎える。
(後記:今年はうるう年のため、彼岸の入りは9月19日だったとのご教示をいただきました)
先週、写真を整理していてこの日にフェイスブックで紹介しようとはかる。
https://www.facebook.com/jun.okamura.733/posts/10222037957552989?notif_id=1600605622230617 ¬if_t=feedback_reaction_generic&ref=notif

わが故郷、目黒にあった私立のハンセン病療養施設・慰廃園の共同墓地。
慰廃園はわが母校・油面(あぶらめん)小学校の近くで、舞踏家の土方巽さんのお宅のあったあたりだ。
恥ずかしながら僕は慰廃園の存在も土方さんの活動拠点があったことも近年になって知った。

慰廃園の設立は西暦1894年。
アメリカの婦人宣教師が日本で女性のハンセン病患者に出会ったのに端を発するという。
この設立は、日本に公立の「らい」療養所が開かれるのより11年、早い。
当時の日本の「無らい県運動」に現在の日本の新型コロナウイルス対策に通じるものがうかがえるかもしれない。

慰廃園は第2次大戦中の1942年に閉園を余儀なくされた。
共同墓地は少し離れた、バス停「自然園下」の近くにある。
目黒区で行なった僕の上映講座に参加した人が教えてくれた。

バス停の先の高台に庚申塔や墓地があったのを想い出し、昨年10月に訪日した際に訪ねてみた。
見つかった。

ブラジルに移住するまではハンセン病問題とは無縁といってよかった。
その後、依頼を受けて日本の3か所の国立および私立の療養所を上映や撮影で訪ねている。
自分のルーツの血にこんな縁があるとは思いもよらなかった。

いまなら、慰廃園を知る人の証言を記録できるかもしれない。


9月21日(月)の記 壁の向こうに世界が見える
ブラジルにて


暦では春を迎えるサンパウロは寒さがぶり返してきた。
おまけに今日は雨日和。
午後から運転…
久しぶりにワイパーを2速にする。

途中、雨のなかクルマを停めてグラフィティ撮りに挑む。
午後は逆光になる場所なので、今日は好都合だ。
彼女にするか。
https://www.instagram.com/p/CFaQHeJAYZE/
このあたりは女性像が多いが「性」より「生」を描いている感あり。
以前の妊婦画もこの続きだ。

最近はインスタグラムで世界各地のグラフィティが届いている。
こればっかり見ていると、他に何もできなくなるほどの数量だ。
さらにフェイスブックの「STREET ART」というグループページがスゴいのを次々に送ってくる。

ここ数日では…
インドネシアはバリから。
https://www.facebook.com/jun.okamura.733/posts/10222042087696240?notif_id=1600642129844861 ¬if_t=feedback_reaction_generic&ref=notif

中国は上海から。
https://www.facebook.com/jun.okamura.733/posts/10222041932492360?notif_id=1600630107029927 ¬if_t=feedback_reaction_generic&ref=notif

送られてくる数は圧倒的に欧米のものが多いので、アジアの逸品はうれしい。
自分のインスタコレクションと比べると…
などという発想をいましめなければ。
僕はあくまでも、その日に自分の足で現場に立って撮影したものに限定している。
アンデパンダンの世界だ。
ささやかな町内でうまれたアートを愛でる姿勢でありながら、ルーブルやMoMAの収蔵品に愕然としているばかりでは始まらない。

面白いことがある。
世界の先史岩面画遺跡は五大陸にあまねく拡がっているといっていい。
しかしなぜか、日本には極めて乏しいのだ。
日本で例外的に存在するのは北海道沿岸、伊豆諸島南端など、かつて異文化が到来する最先端だったところだ。
そして現在の日本のグラフィティ状況は、今も日本にいるあなたの方がご存じかと。
生活圏で、グラフィティが目につきますか?

それでいて、バンクシーといった「ブランド」と破格のお値段のともなうものにはマスコミから自治体のトップまでが血まなこで群がってくるようで。

ちなみにアメリカのデンバーから、こんなのが届いたところ。
https://www.facebook.com/jun.okamura.733/posts/10222051896661458?notif_id=1600757352836692 ¬if_t=feedback_reaction_generic&ref=notif

さあ今日も自分の足と目でグラフィティを探してスナップしよう。


9月22日(月)の記 グラフィティ健康法
ブラジルにて


さあ今週の断食も昨日一日にしておくか。
朝は、おかゆ。
先週の残りを冷凍しておいたのに、冷や飯を追加投入して。

今日も曇天、霧雨だ。
買い物兼グラフィティ採集に出よう。
傘はじゃまになる。
通常の防止モードで防げそうな雨量とみた。

坂道の下にある大型スーパーへ。
片道約2000歩だ。
帰路は普段はクルマで通るアヴェニーダまで回り道をしてみよう。
めぼしいグラフィティを複数発見。
安売りのオレンジとニンジンを大量に買ったので、坂を上るのも手ぶらではない。

帰ってスマホの万歩計を見ると、6700歩か。
なかなか一万歩とはいかないが、坂道を考慮すれば悪くない運動だろう。

訪日中は一万歩越えも少なくない。
健康留意というより、交通費節約の故。

サンパウロは東京以上にあちこちにフィットネスクラブがある。
犬の散歩は迷惑なほど多いが、ウオーキングの人はあまり見かけない。

貧者の健康法ウォーキングより、なぜ有料ジムの方がはやるのか。
・治安が悪い
・交通事故が多い
・道路の状態が悪い
・坂が多い
・ミエをはりたい
こんなところだろうか。

それにしても。
ただ健康のため、というモチヴェーションではこの時期にこれほど歩くことはなかったろう。
その日に見つけたグラフィティをスナップ撮りしてそれをインスタグラムにあげる、というのを課している故だ。
ばかみたいだが、そのシバリが重荷、苦痛になることも。
喜びの方が多いけど、なんてカッコつけているわけでもないけど。

週一日の断食、そして日課のグラフィティ探索撮影。
このふたつのおかげで健康を保てていると思う。

気を引き締めて、泥棒とコロナウイルスに気を付けよう。
今日はスーパーのレジで前になったばーさんに咳き込まれてまいったな。
ばーさんは悪びれるでもない。
ブラジルは周囲にイヤな顔をする人も見当たらない。
日本の100倍!のコロナ死者数を出すだけのことはある。

ブラジル全体のコロナ感染者・死者数の推移が減り始めたというニュースにぬか喜びしていると…
サンパウロ州では死者数が増加との今日のニュース。
嗚呼。


9月23日(火)の記 二か所同時存在
ブラジルにて


以下は、フェイスブックにあげた記載。

今日9月23日はピエトレルチーナのピオ神父こと聖ピオの記念日です。
生前のピオ神父には、
・十字架につけられたイエスと同じ傷、「聖痕」があらわれた
・習得していない複数の言語をたしなんだ
・度重なる悪魔との闘い
・二か所同時存在
等々、超常現象マニア垂涎のエピソードがたくさんあります。
昨年9月、聖ピオの遺体を安置しているイタリアのサン・ジョバンニ・ロトンドにあるサンクチュアリを訪ねました。
日本ではカトリック関係者にもあまり存在を知られていないようですが、日本語の文献では『ピオ神父の生涯』(聖母文庫)があります。


カトリックでは教祖イエスの誕生日を年の最大級の行事としてお祝いする。
あとのいわゆる聖人たちについては、命日を記念日とするのがふつうだ。
イタリアの聖ピオについては、日本ではカトリック教徒の間でもあまり知られていないようだ。

フェイスブックに「カトリック」というグループページがある。
メンバーは6000人以上。
モデレーターがその日の聖人として聖ピオを紹介していた。

僕はちょうど一年前にイタリアの聖ピオのサンクチュアリを詣で、聖堂の地下に安置する遺体にも対面している。
この時の写真をクラッシュ事故データ復元時に生じたノイズ探しにでもアップしようと考えていた。
おそらく大半がカトリック信徒だろう巨大ページに写真を3枚、文を添えて寄稿してみる。
いただいたリアクションは確認した時点で3人、しかもそのうち1人は知人だった。
その後にいくつもの投稿があり、すでにそのページを探し出すのも難儀だ。
まあ、大方にスルーされたといっていい。

日本のクリスチャンの興味もひかない話だけど、ダメモトでフェイスブックの自分のページにも写真とともに上の文章をアップしてみた。
と、「カトリック」ページの10倍を超える「いいね!」をすでにいただいている。

さらにうれしい書き込みが。
最後に沖縄へ上映に行った時に知り合った在沖縄の日系ブラジル人が書き込みをしてくれた。
自分はピオ神父と縁があった、日本語の本があるとはうれしい、とのこと。

それにしても「二か所同時存在」というのはすごい。
ピオ神父は死後も出現しているという。
悪魔との闘いというのも強烈だ。
悪魔というのは観念的なものと思っていたが、紹介した本には映画『エクソシスト』ばりのピオ神父と悪魔との闘いが実録として書かれている。

昨今、日本のカトリック業界の醜聞ばかりが伝わってくる。
普通の常識でこれらに接すれば、カルト集団としか思えないだろう。
「カルト」について日本語で検索してみると「非キリスト教的で組織性の薄い少人数の宗教集団」という定義が出てきた。

祖国のこんなことまで思い煩うのはほどほどにしましょう。


9月24日(木)の記 聖市で静止状態
ブラジルにて


「聖市」とはブラジルの日本人移民コトバで、サンパウロ市のこと。
サンパウロの名は、新約聖書の聖パウロにちなむ。

スマホ写真の整理、ようやく今年1月のギャラリー古藤おかむら映画まつりの部までかたづけた。
まつりの時はそもそも写真はほとんど撮れていない。

それでもこっちのスマホで撮ってもらったまま、被写体の方にお送りしていないものが何枚かある。
それらをお詫びの挨拶とともに電送。

思えば動画いじりの作業を中断して、ひと月以上になる。
静止画の作業で静止状態。

動けばいいってものでもない。
現在のわが身も含めて。

あらためて、粘菌の子実体と変形体を想う。
実物はなかなか拝めないけど。


9月25日(金)の記 東洋人街の自由
ブラジルにて


3月24日にサンパウロ州がコロナウイルス拡散に伴なう外出制限を発令。
延期に延期を重ねて、半年が過ぎた。
僕が日本からからくもこちらに逃げ戻ったのは、この発令の直後。

日課のグラフィティのスナップ撮りと買い物があるとはいえ…
半年の巣ごもりが続き、先の具体的な見通しもつかないまま。
ウツウツむかむかしてくる。

今日は…
東洋人街に買い物に行くかな。
わが住まいの地区の日本食材店より格安のものを買っておくか。
グラフィティも近所のものと毛色の違うものが撮れるかも。

すでに踏査済みだが、ひとつ手前の駅で降りる。
メインのアヴェニーダはざっとチェックしている。
あまり雰囲気のよくない横道に入ってみる。
ちょっと面白そうなグラフィティの近くで歩きの速度を緩めると…

二方向からの路上生活系とみられる男性(マスク未着用)からどなられる。
脱出優先。

陸橋の上にめぼしいものがあるが、スナップ撮り中に襲われるリスク。
あえてスマホを構えるが、日差しが強くて液晶画面をよく確認できない。
2枚ほど撮っておく。

その先にある、以前に目をつけておいたものも撮っておこう。
https://www.instagram.com/p/CFj97yRgMxN/
そこそこしっかりとした筆跡で「自由」と描かれている。

チャイニーズ系、韓国系の食材店で所定の買いものをして帰る。
日系には立ち寄らず。
少しは気分転換かなう。


9月26日(土)の記 土曜のおさんどん
ブラジルにて


さあ土曜だ。
今日は家族全員が在宅。

朝は…
MSTの購買部で買った有機コーヒー。
わが家の鉢植えのアロエヴァラ入りの青汁。
バウドゥッコ社の全粒パン。
オカラでつくったフムス風ディル。

昼は麻婆豆腐をつくろう。
ブラジルの肉屋ではひき肉というと牛肉のみがふつう。
近くの冷凍食品店で豚と鶏のひき肉があるのを知った。
豚ひき肉の冷凍を買う。

おや、赤みそをつかったのにだいぶ色が明るい。
豚肉のせいかな。

家人のリクエストにより、夜は醤油ラーメン。
昼から豚リブ肉、ショウガとニンニク、青ネギにポロネギ等を煮込んでスープづくり。
豚リブ肉は柔らかく煮あがる。

たっぷりある和風ホウレンソウ、残っていたサヤインゲンとベビーコーンも減らすことができる。
ブラジル製の冷凍生ラーメンの麺を使用。
これは煮ると煮汁がどろどろになる。

次回は少し煮汁を取り換えてみるか。
まあ三食、そこそこうまくいった。


9月27日(日)の記 夢のあとさき
ブラジルにて


夢、とりわけ早朝、目覚める前の夢というものは、自分自身よりもそれ以外の知性体からもたらされたと思える情報を伝えるもので、これに関しては幾多の証拠がある。
『コナン・ドイルの心霊ミステリー』ハルキ文庫


ここのところ、夢について少し考えているときに、こんな記載にぶつかった。

シャーロック・ホームズシリーズの作者コナン・ドイルが晩年は心霊主義の研究に没頭していたことは、どこまで知られているだろうか。
僕にとってドイルといえば『失われた世界』だが。

小説以外にドイルが心霊主義について書いたものの日本語版を探して…
古本ネットで2種類見つかり、値段の安い方、よりポピュラーそうで買ったのがこれ。

もう何年にもなるが、写真も図版もなく文字ばかりがぎゅうぎゅうで、何度か読みかけては挫折していた。
コロナ禍がなければ、読み終えることがなかったかもしれない。

医師でもあり、心霊現象の存在に懐疑的だったドイルが理詰めで探っていった超常現象の数々が記されている。

僕自身の心霊現象とのかかわりのハイライトはこの番組だろう。
ディレクター時代のもので、拙ウエブサイトのフィルモグラフィーに入れていないので、ここにあげておこう。

〈西暦1988年放送〉
「すばらしい世界旅行」
『ピカソが絵をかく!ブラジルの心霊画家』
取材国:ブラジル
ナレーター:久米 明 プロデューサー:牛山純一 撮影:陸田義行
編集:青木美穂 音効:木村哲人 現地協力:岡村エリーザ恵美
心霊画家として国際的に知られるルイス・アントニオ・ガスパレットさんの活動と、心霊画作成のプロセスを紹介する。
ガスパレットさんには、有名な画家たちの霊が乗り移って、死後の世界の存在を伝えるために絵を描くという。
通常は霊が乗り移りやすくするため、暗い空間で心霊画を描くのだが、我々取材班のため、特別に日中の屋外での作画に挑戦してくれた。
後期印象派を中心とするアーチストたちの霊は、日本文化へのオマージュを表明してくれた…

奇縁から、こうした取材を僕がすることになった意義を考えよう。

さて、それにしてもこのハルキ文庫の本。
原題と、その出版年を確認しよとするが、それが見あたらないのだ。
翻訳本で、原題が書かれていない本というのに、いままで出会ったことがあるだろうか
1969年に大陸書房から刊行された『神秘の人』を改題したもの、との記載だけがある。

ネットで調べると1930年に刊行された『The Edge of Unknown』という本らしい。
ドイルは1930年7月に他界している。
没後に急いでドイルの心霊関係のエッセイを集めて出版したものだろうか。

それにしても、原題もその刊行年も明らかにされないものが改題されて出版されたりするから、心霊主義はウサンくさくみられるというもの。
もったいない。


9月28日(火)の記 ウルトラQ幻想
ブラジルにて


思いもよらぬことに気づいて、うろたえている。
が、人類史上でこんなことに気づくのは僕だけだろうし…
僕以外には、どうでもいいことかもしれない。

先週だったか、2年前のPARC岡村上映講座受講生の若頭が、埼玉でのマンジョーカ芋掘り実習の写真をリバイバルでフェイスブックにあげていた。
マンジョーカを掘る岡村淳講師。

…僕の原点ともいえる空想科学シリーズ『ウルトラQ』の主人公の名前が万城目淳だったことを想い出した。
「カ」の字をどうするか悩むが、万条花淳、を名乗るか。

今晩になってマンジョウメジュンのジュンが僕の名前と同じ字でよかったか気になり始めた。
検索。
あってた。
そのノリで、ネット上にあった『ウルトラQザ・ムービー 星の伝説』を久しぶりに見てみることにする。
製作年1990年、VHSリリースも同年。
テレビ番組の仕上げ作業で訪日した際にレンタルして鑑賞した。
監督は実相寺昭雄、脚本は大島渚監督作品で知られる佐々木守。
面白くないはずがなさそうだが…

30年前にがっかりした記憶がある。
さて、今度は!
やっぱり。
縄文土偶から弥生遺跡、埴輪に古墳から浦島、羽衣伝説までまさしく総花的なのだが…
いずれも開花には至らなかったと思う。
わが家の鉢植えのランを想い出す。
残念。

今回、30年前に気づくはずもない驚きがあった。
この映画の中心人物の住まいの場所として、横浜市神奈川区に実在する浦島町が登場する。
西暦2000年に初版を完成させた拙作『ブラジルの土に生きて』の主人公の石井延兼さんは江戸時代の神奈川本陣を経営していた石井家の末裔だった。
延兼さんは浦島町の近くにあった元の本陣で生まれている。
僕も神奈川本陣跡を訪ねて撮影している。

映画には羽衣伝説の舞台として京都府宮津の天橋立も登場する。
石井延兼さんの妻となる三谷敏子さんがこの宮津の生まれであり、拙作にも天橋立の映像が収められている。
近くには浦島神社があり、僕もこの撮影の時に訪ねている。

そもそも、浦島伝説!
僕の長編第一作『郷愁は夢のなかで』は当初は『郷愁は夢のなかで ブラジルに渡った浦島太郎』というタイトルだったのだ。
この作品の撮影は『ブラジルの土に生きて』の撮影ともリンクしている。

さて今日はスマホの写真の整理で…
今年2月の鳥取は倉吉ブックセンターでの上映の写真が味わい深いので、フェイスブックにあげてみた。
上映作品は『ブラジルの土に生きて』で、あげた写真のなかにも上映中のこの作品のひとコマが写り込んでいる。

霊界からのサプライズか。
まだ自分のなかで整理が追い付かない。


9月29日(火)の記 高野聖
ブラジルにて


スマホ写真の整理、今年2月初頭の高野山詣でまでやってきた。

その日もハードだった。
未明に中国山地の湖畔の宿で起床。
朝イチで三原城址前の聖トマス小崎記念碑を訪ねた。
聖トマスは日本26聖人のひとりで、齢16にして殉教。

新幹線、在来特急、在来線、私鉄を乗り継いで。
うっかり高野山口という、かつての参拝起点の駅で降りてしまい、路頭に迷うところだった。
この日の高野山ミッションは、ブラジルが縁での発念である。

奇遇ながら訳あって今日も高野山の修行僧と交信。
それにしても、高野山は訪ねておいてよかった。
ケーブルカーに乗るとのことで、リオデジャネイロのキリスト像詣でぐらいのノリだったが…
とんでもない奥へと入り上っていくではないか。

奥の院近くの宿坊の客は、僕以外はガイジンのカップル二組だった。

ブラジルでのコロナ巣ごもり中に読んだ本で、高野山がらみのことがいくつか出てきた。
ひとつは『東洋の至宝を世界に売った美術商』朽木ゆり子著。
ずばり僕の泊まった宿坊のことが出てきた。
20世紀初頭、第一回ブラジル移民船笠戸丸出航より数年前。
この寺は金銭的に追い込まれて、かなりの美術品を手放したという。
そこには東洋美術史家フェノロサの名前も登場する。

もう一冊は『地衣類のふしぎ』という本。
西暦1926年に高野山奥の院で採集されたヌマジリゴケという新種の地衣類について。
その後は、高野山からもほかの場所からも発見されることなく絶滅してしまったとみられる由。

未明の奥の院の読経にあずかり、夜には東京に戻り…
山手線のなかで軽く咳き込むと、年配の女性からひどい顔で睨みつけられた。
人々に伝わる新型ウイルスへの恐怖を体感したのは、これが初めてだったかな。

この女性から浴びた嫌悪と非難の視線に覚えがある。
あ、そうそう…
日本でふだん訪れることのないカトリック教会のミサにあずかろうとする時だ。
古参らしい年配の女性信者からしばしば同様の視線が。
教祖イエスにきびしくいさめられそうなまなざしだ。
邪気を払う真言を唱えたくなる。


9月30日(水)の記 かわいいの恐怖
ブラジルにて


日中は30度越え。
午後の早い時間に、晴天から雨。
スコールというより、日本の天気雨の感じ。
あがるのも早いが、普通ではない。

サンパウロの天気予報では今秋、最高気温が37度というのを見た。
マットグロッソ州ではさらに10度プラス。
異常だ。

深夜でも未明でも、折に触れてスマホで最新情報をチェックしてしまう。
祖国日本が気になる。
一刻も早く現政権が瓦解するように。
いきなりどこかで大震災が生じていないか。

第一の課題はクリアしたかに見えたが、さらにひどいことになりつつあるようだ。

先日、バーゲンで買ってきた書籍より。
タイトルは『TOKYO CLASH JAPANESE POP CULTURA』。
Ralf Bähren というドイツ人の写真家の写真と文からなる。

まことにインターナショナルな本で出版社は h.f.ullmann、ドイツはポツダムの所在とある。
印刷は中国。
そしてスペイン語、ポルトガル語、日本の Trilingual editionなのだ。
ポ語の用法はブラジルではなじみのないものが多く、本国のもののようだ。

ヨーロッパ人のオタク系の眼を引きそうな大東京圏のオブジェの写真集だ。
それぞれの解説が面白く、日本語の訳もウイットに富んでいる。

「かわいい」についての解説を紹介しよう。
「かわいい」は生き物だけではなく無生物にもしっくりくる言葉。気の利いたプレゼントを探すときも、幻想を満たしてくれる模型を探すときも、たっぷりと甘味料を加えれば、ちゃちなトフィーだって黄金の輝きを放ち出す。

ヒトラーの仮病引退でしゃしゃり出てきたゲシュタポ長官みたいなのが「電通でござる」で「かわいい」のコスプレか。


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