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     サービス業関係  (最終更新日 : 2003/04/11)
Web designer: 櫻田 博さん

Web designer: 櫻田 博さん (2003/04/11)
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氏名櫻田 博
住所サンパウロ州 ジャカレイ市
職業Web designer
生年月日1958年7月20日
出身地東京都
渡伯年月日


2000年6月

※いつブラジルに来られたのですか

大学を出てすぐ大学の職員として来ました。

※大学の専攻は?

教育学部でした。

※やっぱり学校の先生になろうと思ったのですか? いつ頃からなろうと思ったんですか?

学校に行かなくなってからですね。子供のときから人に説教するのが好きだったんです。高校時代には、勉強もしないであちこち散歩しながら、友達相手にいろいろ話しをして、すごく気持ちいいな、と思ったんです。やっぱり職業を考えなきゃいけないわけじゃないですか。どうやって社会と接点を持つかと考えたら、先生くらいかなと思ったんです。先生としてというよりは、人に偉そうなことをいうだとか、そういうことがやりたかったんでしょうね。

※少年時代は学級委員長とかやっていたんですか?

小学校のときは、やっていましたね。
 中学生までは勉強をするということに疑問がなかったんですが、高校になって「なんでやるのか」ということを考えた時、やる必要なんかないじゃない、っていう結論に達したわけです。とにかくやりたくないことは絶対やらないと決めたわけですよ。だから勉強も中途半端にやろうとは思わない。やめちゃう、誰が難というおうとやらない。徹底的にやりませんでした。

※よく大学にはいれましたね?

先生になるためにはどうすればいいかって考えたとき大学にいかなければならないってわかったわけです。でも、とにかく受験勉強をしたくなかったから、専門学校とかも受けたりしました。

※大学ではどういうことをされていたんですか?

大学時代はお祭りなんかの実行委員をやっていました。熱くなるとかそういうのを求めたんじゃないですかね。最初ブラジルに来た時、若い人たち見ていたら何か熱いものがあるような気がしたんですよ。

※外国には出たいと思っていたんですか

全然思っていませんでした。先生になるためのプラスアルファになると思ったんです。まあ、すぐに先生になる必要はないし、別の体験してもいいかなと思ったんです。卒業後、たまたま国士舘大学の職員やっていた時、ブラジル行かないかって言われて、スリランカでもどこでもよかったわけです。でも、住もうなんてことは思っていなかったと思います。小学校の先生になって6年生ぐらいの女の子のお尻触ってヘラヘラしているの、そういうのになりたいと思っていました。
ブラジルに来てそういうのがどうでもよくなったんです。ある先生が、「どんなに小さくても、共に学ぶ先生と生徒がいる所、それが学校である」と書いたものを張ってあったんです。それを見て「あ、そうだな」と思ったんです。学校というのはくだらないから、もう少し自分の思い描く学校を作ったらどうなるかって考えたんです。

※櫻田さんの思い描く学校とをどんな学校ですか。

ルドルフ・シュタイナーというドイツ人が始めた「シュタイナー学校」みたいなものです。この学校ではテストもなければ、教科書もありません。子供達が自分自身の欲求から自覚的に行動することへの教育、つまり「自由への教育」をしているんです。ブラジルではモンチ・アズーというファベーラで行われているようです。

※ところで、来たばかりのブラジルはどうでしたか?

その当時、ブラジルは、物価も安く、いくらお金をつかっていてもなくならないし、そしたら気が大きくなちゃって、ホテル泊まったら、このホテルいいから買おうかなという感じだったんです。大学生からいきなり社会人になって金がごっそりポケットにはいっているという状態だったんです。 そういう生活を送っていましたから、なんでも甘く考えちゃうんですよ。金なんかどうにかなると思っていました。就職試験で別に苦労もしないし、大学受験も何もしなかったし。怠け者なんでしょうかね。

※いや怠け者ではないでしょ。

でもね、前回日本に帰ったとき母親におまえはなまけものだっていわれたの。うちの櫻田の家系は何代か怠け者がいたらしんです。親父の方は大地主だったらしく、おじいちゃんは一生働かないで暮らしたらしいんです。おまえはその血を引いているっていわれて。昔はそういう暮らしも日本には普通にあったんだよね。そういうのができたらいいよね。ただ、ずーっとぶらぶらしているのはつまんないということは分かっているから、なんか面白いと思えることをやれればいいんですよ。

※今はどうですか

うーん、学校はもうしないかもね。するとどこかで思っていたんだけど、まあ、今は食うのに精一杯だしね。だけど、今でも学校を作ることは、ライフワークだと思っています。

※大学職員の後、日本語学校の先生をやって辞められたんですよね。

一番大きな理由は子供が生まれたことだと思う。他の人に会いたくなくなったのね。息子が3歳くらいになるまで家にいて何もしないで子供をみていようと思ったんです。

※それだけの蓄えはあったんですか。

ないんだけど、何とかなると思ったの。先生といのは基本的に子供を愛するのが仕事じゃないかと思うんです。自分の子供ができてみたら多分そんなこと思わなくなるんじゃないかな、と思ったんです。人の子供なんかかまってられないよ、って思うと考えたんですよ。だったら自分の子供だけみていたらいいんじゃないかなと思ったんです、何か教えるとかいうんじゃなくて、ただ見ていようと思ったんです。

※学校やめて何かやられたんですか。

最初は汗かく仕事をしたいと思ったんです。それでパンを作って売りました。パンをこねていると汗かくんですよ。これはうちでできるし、ちょっと作ってみたら、けっこう、うまいなって感じたんです。じゃあこれを売ろうと思ったんです。飯食うくらいにはなりました。先生やっているよりはよっぽどもうかった。

※どうして辞められたんですか。

友達がうちに遊びにきてしばらく休んでいて・・・、どうしてだったかなー、やっぱり怠け者だからですね。朝早くて夜遅いていうのが嫌になたんじゃないんですかね。あんまり覚えていません。
それから、刺繍をやっていました。服にミシンで刺繍をつけるやつ。全然もうからなかったですけど。でも腐んないからいいかなと思ったんです。自分ではかっこいいなと思っていたんですけど、売り始めようかなと思ったところで、コンピュータやるきっかけがあったんです。

※コンピュータのインターネットの仕事を始めて何年くらいですか

3年くらい前かな。
コンピュータが別に面白いわけでなく、コンピュータ自身は大嫌いだけど。だっていじるの嫌だもの。めんどくさいから。だけどなんか流して人が反応してくれるのは楽しいですね。

※コンピュータの一番の魅力はなんですか

お金かけないでプロもアマチュアもないっていう世界じゃないですか。デジタルだったらプロの品質を誰でも作れるっていうことです。

※今一番大切なものはなんですか

自分の生活ですかね。

※今ジャカレイ(サンパウロからバスで一時間半の地方の町)に住まわれていますがサンパウロに住もうと思いませんか。

 状況によってはそういうことになるかもしれませんが、できるだけしたくないですね。あんまり人に会うのはいやだし、会いたいときに会う、その程度にとどめたいから。1週間に1回義務的にサンパウロに行く、その程度だったらいいですけど毎日だったら嫌ですね。

※今の生活には満足していますか?

これで食うに困らなければとりあえずいいよね。食うに困るのが問題ですよ。
 とにかく学校に行き始めたころから学校に行くのが嫌だったわけです。
社会人になっても電車乗って行くのが嫌で嫌でしょうがなかった。今は外へ出なくても家でやるべきことはできるわけです。そういうのはいいよね。電車乗らなくてもいいし、服とかどうでもいいし、靴もはかなくてもいいし。それでお金になって飯が食えればとりあえずはいいよね。

※今後の展望は

この生活のスタイルのまんま、何か成功したなと思うようなことをしたいです。生活が成り立つということがひとつの成功だと思うけど、もうひとつ何か、評判になることとか、ムーブメントを起こすというかそういう話題になるようなことができたらいいなと思います。

※それは、実際には何ですか。

それはやっぱり風俗ですよ。相棒の楮佐古さんとやっているブラジルの風俗情報のhpだと思います。俺たちがこういう風な視点で見ているということを伝えられればそれで成功かなと思います。

※外国から見た日本とはどう思いますか

なんかアナーキーになってきたような気がします。フィリピン人とか外国人が一杯いて混血人が一杯できたら日本に帰ろうかなと思っていたんです。そうなりつつありますね。
 今20代で何十億も稼いでしまう人いるわけでしょ。そういう意味においても面白くなっているなと思います。僕らの居たころでは考えられなかったことです。30になったら終わりだよっていうのが別の意味でそうなっちゃった。だけど成功する場面に居られる人は面白いけど、そういう場面から、はずれちゃった人は本当にしょうもない国なんだろうね。庶民として開きなおるしかないんだろうね。茶髪の姉ちゃんとか、あれがひとつの庶民の逃げ場かなっていう気がするんです。でも、どっちにもいけない人もいるはずです。そういう人はブラジルに来た方がいい。まだ人間がまじめにいきています。

※自分は中間層だと思うわけですか。

思うね。エリートにもなれず、かといって庶民として育てられたわけでもないという気がするんです。
昔はある程度がんばれば東大にでも入ってエリートになれたわけです。でも今の成功者にはがんばってもなれない。だから厳しいんですよね。日本の中で生活していたら何も感じないかもしれませんが・・・。電車乗ってサラリーマンやっていたら、それこそそんなこといっている場合ではないでしょ。
会社行っていじめられて、家でもいじめられたら、俺なんか多分性格破綻者になっているよね。今かろうじて健全さを保っているっていう気がします。日本にいれば絶対新宿の裏通りで変態男になっていたと思います。

※ブラジルに来てよかったと。

人間が健全になったよね。できればこの生活を維持したいです。日本にいて会社にいれば、毎日毎日イライラしていたと思う。もちろん今でもイライラは時々あるけど、ほとんどないわけですよ。やりたくないならやめるって言っちゃえばいいだけだから。今の生活は、今日は子供と散歩しようとかそんな感じです。自分自身がそうあるっていうことは面白いことです。今の生活ができればブラジルに住んだっていう意味があるんじゃないかっていう気がします。
ブラジルが好きだとか別にそんなん気はないし、非常に私的なブラジルですよね。小学校の時から嫌だなと思っていたことをしなくてもすむということだけでいいよね。何で朝早く起きて決まった時間に学校にいかなきゃいけないんだろうっていつも思っていやもの。今は起きたいときに起きることができる。それだけで天国ですね。


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